優れた人はすべてをプラスにする。劣った人はマイナスにする。中編

すぐれた人は自分や他人の長所を生かし、短所をプラスに変える。自分自身の状況も、順境は順境として生かし、逆境は試練としてプラスにする。そしてさらに、自分の周りで起きた自分とは一見関係ない出来事もプラスにするという。織田信長を例にとる。

堺屋太一の『日本を作った12人』に基づいて述べる。戦国時代日本では農業技術の向上があった。新しい商品作物がたくさん作られるようになった。茶や胡麻などもちろん以前からあったのだが、この時期に大量生産が始まった。商業は当時の寺社などが既得権益を持っており、座を通して利益を上げていた。当時、商品作物が増えたため、座からはみ出す闇商人も増えた。信長は座を廃止。商業を活性化させる。楽市楽座だ。商業をいったん活性化してその後、税を徴収した。財源とした。商品作物の大量生産や闇商人の出現という当時の社会状況をプラスにいかして財源を増やしたのだ。

当時、農業技術の発達で、農業に携わらなくても生きていける人口が増え、その一部が村を離れ、浮浪者となっていた。信長は楽市楽座で得た財源をもとにこの浮浪者どもを兵として雇う。兵農分離である。ろくでもない連中なのでいくさは非常に弱かったという。しかし彼らは農民ではないので田植えや稲刈りの農繁期でも戦えた。他の大名たちの兵は農民兵なので、田植えや稲刈りの時は戦えない。そのため大名たちの間で暗黙の了解として農繁期は互いに戦わないというルールがあった。

しかし信長の兵は農繁期でも攻めてくる。おきて破り。他の大名たちは田植えを放棄して戦う。信長軍は弱いのですぐ負ける。しかし負けても負けても何度でも攻めてくる。他の大名たちは田植えができず辟易する。その後、ころあいを見計らって信長は敵の地方領主に声をかけて寝返らせる。地方領主は田植えができないので信長についたほうがいいやと思って裏切る。こうして信長は領土を増やしていった。

信長は農業の発達や新たな商品作物の流通、浮浪者の増加という現象をすべてプラスにかえて、楽市楽座、兵農分離を行い、財政・人事・軍事・組織など体系的な戦略を展開した。非常に戦略眼があった。自分の周りに起きた現象をすべてプラスに生かしたのだ。

アメリカもアメリカが置かれた状況をプラスに生かしている。17、18世紀の先進地域であるヨーロッパと大西洋を挟むことで適度な距離を置いた。それによりヨーロッパからは多くを学びながらも、ヨーロッパの伝統に拘束されずに独自の文明を築いた。さらにヨーロッパの戦争からも距離を置くことで、着実に国力を高める。

ヨーロッパとの距離があることを最大限プラスに生かしている。人は「運がいい」というかもしれないが、ヨーロッパと距離があるのはアメリカだけではない。国がうまくいくと「ヨーロッパと距離があって運がいいね」といわれ、失敗すると「ヨーロッパという先進地域から離れてたのは運が悪いね」と言われる。

公田連太郎『易経講話』の風水渙に次の言葉がある。

易の六十四卦はすべて、悪い方面から見れば悪くなり、善い方面から見れば善くなるのである。

たとえば「倹約・ケチ」というのは善い方面から見れば「倹約」であり、無駄なことに金を使わないことである。しかし悪い方面から見れば「ケチ」であり、大事なことにも金を使わないことである。善い方面と悪い方面のどちらからも見れるのだ。物事の二面性。



『易経講話』からさらに引用する。

悪い卦と考えられている卦も、その悪いところにこれをうまく処置する道が現れてているのである。

たとえばアメリカがヨーロッパから地理的に距離があることは、悪いほうから見れば、当時の先進文化であるヨーロッパ文化から距離があると見ることもできる。しかしその悪いところにそのことをうまく処理する道が現れている。ヨーロッパの戦争や政治的なごたごたから距離を置けるということでもある。



戦国時代に社会からはみ出した浮浪者が増えた。これを悪い方面から見れば当時の社会の安定を壊す存在と見ることもできる。しかしその悪いところにそれをうまく処置する道が現れているのであって、それを金で雇う兵として利用して信長は長い戦乱を終わらせ日本に平和をもたらした。



公田連太郎『易経講話』「巽為風」から再度引用する。

巽順というは、さきにも申した通り、上に対してばかりでなく、下に対しても巽順なのである。上の命令に従うばかりで無く、臣下万民の意志感情を尊重して巽順なのである。また、正しい道に対しても巽順なのである。また時代の状況、自分の環境、自分の身分地位などに対しても、則ち時と所と位とに対しても、それを尊重して、それに従順なのである。巽順の意味は広いのである。

「巽順」とは「素直」ということである。「時代の状況」「自分の環境」に対しても素直であるという。これは信長が商品作物の増加、浮浪者の発生という社会の変化という時代の状況をうまく生かしたことを指し、アメリカがヨーロッパから離れていることを生かしたのを指す。しかし「時代の状況に素直」とは言っても時代に流されろと言っているのではない。さらに引用する。

いくら巽順にして人に従うが善いと言っても、何もかも捨ててしまって、人に従うのでは、行き過ぎである。剛強にして自ら守るところの道を持っており、そうして中の徳を以て事を処置すべきであり、これによって巽の卦の道がうまく行われるのである。この卦はそれを教えてある。

時代に従うとはいっても、自分の信念を貫いたうえで自分の戦略を保ったうえで、時代の状況に素直なのであって、かなり高度な戦略である。 自分を貫きつつ、時代の状況をプラスに生かして戦略を作る。ハーモニー型中庸は誰にでもできるのではない。極めて難しい。無理しないほうがいい。私はちなみに下の図の左下の「自分を持つ・頑固」型である。



私はOR型だが、ハーモニー型中庸を目指すこともある。たとえば現代日本に思想を甦らせるのを目標にしているが、現代日本に思想がないことをプラスに生かそうとしている。『易経講話』にあったように、物事は良い方面から見ることもできるし、悪い方面から見ることもできる。日本に思想がないことは悪いことであるが、逆に言うと良い思想が生まれればそれをたくさん吸収できるということでもある。乾いたスポンジほど水を吸収でき、おなかがすいた人ほどたくさん食べられるように、日本に思想がないからこそ日本は新しい思想を吸収できる可能性がある。

『易経講話』にあったように、その悪いところにこれをうまく処置する道が現れてているのであるから、日本に思想がないところにそれに正しく処置する道が現れている。巽順というのは時代の状況にも素直であることだ。日本に思想がないことを素直に受け止めそれに正しく対処するのが目指すところである。

国に資源があることはよいことである。うまくいっている国は資源を利用して大いに国をよくするはずだ。しかしうまくいかない国は、その資源をめぐって民族同士が争い、その資源で得た資金で武器を買い内戦が激化する。資源をプラスに生かせない。「資源があって運が悪かったね」といいたくなる。

「民族自決」というすぐれた理念もマイナスに働き得る。それまではいろんな民族がなんとなく平和に共存していたのに、「民族自決」という概念のために民族同士の争いが生じる。

うまくいっていない国ではあらゆることがマイナスに作用する。

うまくいっている人や国は運の良さを運の良さとして生かし、運の悪さは逆境として克服しプラスに生かす。たとえばビル・ゲイツの成功は運がよかったという側面は確かにある。パソコンの出現を不可避にするような技術革新が起きていたときに成人を迎えたからだ。ビル・ゲイツの成功は技術革新という波に乗ったからであり、実力というより運だという人もいるかもしれない。『ビジョナリーカンパニー4 自分の意志で偉大になる』から引用する。

ビル・ゲイツと同じ有利な立場におかれていた人は大勢いた。ゲイツとの違いは運ではない。確かにゲイツはちょうどいいタイミングで生まれる幸運に恵まれたが、同じ幸運に恵まれた人はいくらでもいた。確かにゲイツは1975年までにプログラミング言語を学ぶ機会を得る幸運に恵まれたが、同じ幸運に恵まれた人はいくらでもいた。ゲイツは自分の運に遭遇したときにほかの人よりも多くを実行したのである。幸運な条件が重なった状況を生かし、自分の運から大きなリターン、利益を生み出したのだ。リターン・オン・ラック、ROL、つまり「運の利益率」を最大にしたということだ。これこそゲイツが際立つ主因である。

ROL、Return on Luck、という言葉が面白い。ROA、Return on Assets、ROE、Return on Equityという言葉がある。ROAは会社が持っている総資産に対する利益の額をパーセントで表したもの。総資産利益率という。「会社の総資産からどれだけの利益を引き出したか」という意味。ROLはそれをもじっている。リターン・オン・ラック。運の利益率。「運の良さからどれだけの利益を引き出したか」という意味。すぐれた人は「運の利益率」が高いのだという。

成功した人はその人が置かれている状況をすべてプラスに生かすので、運が良いように見える。劣った人はその人が置かれている状況をすべてマイナスにするので、運が悪いように見える。信長も当時の社会の変化をすべてプラスに生かした。同じ変化はほかの大名たちにも同じように生じていた。信長だけがそれをプラスに生かした。運の利益率が高かったのである。アメリカはヨーロッパから離れていたが、ヨーロッパから離れていたのはアメリカだけではない。たくさんの国が同じ状況だった。

すぐれた人やすぐれた国は与えられた状況もプラスに生かすのである。

■作成日:2023年9月7日

続きは優れた人はすべてをプラスにする。劣った人はマイナスにする。後編をご覧ください。

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