根本と末節の具体例2

佐平:では続けるぞ。今回は地方経済の発展の話から始める。
福太郎:地方経済?いきなり話が飛びますね。
佐平:そうではない。これも根本と末節の話だ。地方の都市を発展させて栄えさせるためには何をしたらいいと思う?
福太郎:オレは食べるのが好きだから、おいしいレストランつくるとか。あとは日常品の買い物に便利な大規模なショッピングセンターをつくるとかですかね。そしたらたくさんの人が集まりますよ。
佐平:それは違う。
福太郎:違うんすか?
佐平:工業先導性の理論からするとそれは間違っている。
福太郎:工業先導性の理論?
佐平:1960年代に流行った理論だ。
福太郎:1960年代?60年前ですよ。そんな古臭い理論が正しいんですか。
佐平:現代でも部分的に当てはまる理論だ。
福太郎:どんな理論ですか?
佐平:堺屋太一の『日本を創った12人』という著作の池田勇人の章に紹介されている。地域を発展させるためには大規模工場を誘致させるのが先決だという考え方だ。大規模工場以外の小売りやサービス業は、付随的な産業であると言うんだ。
福太郎:そうですかね。
佐平:製造業の工場を誘致すれば、そこに勤める人たちが買い物をするから商店街もうるおい、学校も増え、病院も盛んになり、レストランやホテルも流行る、というわけだ。要は大規模工場の誘致が都市の発展の根本であって、レストランとか病院、大規模なショッピングセンターの建設は末節的な産業だというわけだ。
福太郎:分からなくはないですが・・。
佐平:だから池田内閣の頃には、知事も市長も、自分の町をよくするためには借金をしてでも工業団地を造り、工業用水を引き、産業用道路を造り、港湾を整備するしかないと信じていた。工業誘致のために重化学工業の立地に適した用地とインフラを造るのに資金を惜しまず投下した。
福太郎:工業団地とかなんか古い言葉ですね。
佐平:1960年代の理論だからな。現代日本では古い印象になる。工場だけではなくて新しい産業を含む会社と考えたほうが現代的だな。都市に新しい産業が興れば自然と都市は発展する。現代でも当てはまる考え方だろう。
福太郎:産業が興るのが都市発展の根本というわけですね。IT産業とかバイオ産業とかナノテクとかハイテク産業でもいいんですね。
佐平:そうだ。
福太郎:確かにハイテク産業が都市で興れば都市は発展する気がしますね。でもレストランも重要ですよ。例えば北海道は食べ物がおいしいから住みたいという人は多いでしょう。海産物もうまいしラーメンも絶品です。いまでも5年前に食べた味噌ラーメンの衝撃ははっきりと覚えています。
佐平:我々は九州人だがおまえは豚骨以外も食べるんだな。
福太郎:食べます。豚骨しか食べないなんてもったいなさすぎる。
佐平:オレは豚骨オンリーだ。
福太郎:豚骨鎖国ですか。もったいないなあ~。しょうゆも味噌もうまい店たくさんあるのに。
佐平:それはともかく。たしかに食べ物がうまい地域は住みたいという人は多い。でも住む場所を食べ物で選ぶ人は実際は少ない。よっぽど金があって悠々自適の暮らしをしている人か、もしくはよっぽど仙人気質の人だけだな。ほとんどの人は仕事の関係で住む場所を決めてるはずだ。
福太郎:それもそうか。やっぱり産業が都市発展の根本なのか。
佐平:そうだ。雇用も少ないのにおまえが最初言ったようにショッピングセンターとかレストランをつくっても客が集まらず店はつぶれる。根本が充実していないからだ。
福太郎:でもリモートワークが現実化して普及すれば好きな場所に住めるようになりますよね。
佐平:そうだなその場合は東京の会社に勤めていても北海道に住むこともできる。
福太郎:その場合は産業が都市発展の根本ではなくなるというわけですか?
佐平:その可能性はある。何が根本かは時代の状況によって変化する場合もある。
福太郎:変化する場合もある・・。ということは変化しない場合もあるんですか?
佐平:そうだ。ケースバイケースだ。いずれにしてもまとめると現代では多くの人を雇用する産業が興るのが地域発展の根本だということ。他の産業は末節的な産業だということ。大規模雇用が確保できれば、大雑把に言うと後は自然に都市は発展するというわけだ。
福太郎:分かりました。でもやっぱりこの理論は若干古い気もするな。今後は住み心地とか食べ物を含むその都市の文化や個性とかがもっと根本的で重要になっていく気がする。
佐平:そうだな。時代によって変わる可能性はある。もしかしたら現在は変わりつつある時代かもしれない。いずれにしても根本と末節という考え方が都市の発展にも存在するというのは確認できただろう。
福太郎:そうですね。
佐平:儒教の話に戻るぞ。儒教には根本と末節という考えがあちこちに出てくる。それをどんどん説明していく。『論語』学而篇に次の言葉があるぞ。ノートに書いておく。
現代語訳
君子は根本を大切にする。根本が充実すれば物事は自然にうまくいく。

書下し文
君子は本を務む。本立ちて道生ず。
福太郎:一度見た文章ですね。
佐平:そうだ。
福太郎:根本が充実すれば末節も自然と充実するというのは何度も聞きました。
佐平:もう一度ノートを見よう。もう一度確認するぞ。



佐平:繰り返すが、優れた技術と良い商品があれば自然に営業がうまくいく。そして自然に売り上げが生じる。根本が充実すれば自然に物事がうまくいくのだ。賢い人は根本を重視するというのはこのことを指す。
福太郎:ええ。
佐平:『孟子』離婁章句下に次の言葉があるぞ。これもノートに書いておく。
水源のある川はこんこんと水が湧き出てきて昼も夜も流れて海にたどり着く。根本があるものはこのように尽きることがない。もし根本が無かったら、例えば梅雨の時期に雨が降り続くと田んぼの水路はたちまち水でいっぱいになるが、雨が降りやめばすぐに涸れてしまう。
福太郎:これは何のことを言ってるんですか?
佐平:農業だ。
福太郎:農業?
佐平:農業には水が必要だろう。
福太郎:当然です。
佐平:水源のある川は流れても流れても後から後から水が湧いてくる。そして継続的に田畑を潤し続ける。
福太郎:そうですね。
佐平:それは水源という根本があるからだ。根本がある以上、川は涸れはてない。水源が根本で、田畑を潤すというのが末節だ。
福太郎:分かります。水源という根本があるから田畑を潤すという末節が充実するんですね。持続的に田畑を潤し続けるんですね。
佐平:そうだ。では根本が無い場合はどうなるか。例えば梅雨になると雨がたくさん降るだろう。
福太郎:はい。でもこれも田畑は潤いますね。
佐平:しかし梅雨が終わって雨がやめばまたすぐに田畑は涸れてしまう。
福太郎:そうですね。水源のある川に頼らず、雨だけで農業をやるとそうなります。
佐平:水源という根本が無いと一時的に潤っても一時的で終わってしまう。
福太郎:分かります。持続的ではないというわけですね。でも他の例もあったほうがもっとわかりやすい。他に例はないですか?
佐平:会社の例でいうと優れた技術、良い商品が根本だ。これが水源だ。優れた技術革新が継続的に生じる会社は水源のある川と一緒で尽き果てない。どんどん売り上げが生じてくる。
福太郎:そんな会社あります?まあ海外にはありますが。
佐平:AmazonとかGoogleとかだな。
福太郎:たしかにAmazonに関する本読んでると新しいアイデアとか次から次にどんどんあふれてきて尽き果てない感じはありますよね。
佐平:一昔前のソニーとかもそんな感じだったな。どんどん新しい技術が生まれてくる。水源のある川のようだな。
福太郎:良い技術や良いアイデアという根本があれば売上や利益という末節は自然に充実するんですね。
佐平:そうだ。根本が無い場合を説明する。根本である良い技術も良い商品もないのに末節の客をだますような巧みな営業だけで売上を上げた場合だ。たしかに一時的には売り上げが上がるだろう。でもそれは継続しない。
福太郎:梅雨時の雨と同じだ。
佐平:そうだ。一時的にしか潤わない。株の売却とか土地の売却で企業が得た収入も同じだ。もちろんそれは非常に大切だ。一時的な危機から会社を救う場合もある。でもそれは根本のない収入だ。
福太郎:なるほど。
佐平:他にも例を挙げる。例えば普通に働いている人を考える。ちゃんとした定職があり収入がある人は水源のある水と同じだ。趣味に金を使っても毎月それなりの収入が入ってくる。根本があると言っていい。しかし例えば宝くじで1000万円当たった人は一時的には潤うが、調子に乗って浪費したりするとすぐに涸れ果ててしまう。梅雨の雨と同じだ。
福太郎:ええ。分かります。
佐平:途上国開発も同じだ。
福太郎:途上国開発?
佐平:途上国開発で根本となるのは教育だ。教育があればその国が正しい方向に進んでいくための自然な力が働く。教育が充実すれば現地の人を雇いたいという海外の企業も現れ産業が興る。そして真面目にまっとうな仕事をする健全な中産階級が育つ。この正しい中産階級が育つのが重要だ。正しい中産階級こそ生活苦に脅かされず金や権力に溺れず正しい判断ができる人たちだからだ。今日明日の食事に困っている人は長期的な正しい判断はできない。金持で贅沢三昧の人は、人によってはみんなのための判断をしないかもしれない。中産階級が育つのが根本だ。水源のある川だ。
福太郎:なるほど。
佐平:もちろん途上国にある資源も大切だ。確かに資源により資金を得ることができる。しかしこれは梅雨時の雨と同じだ。たしかに経済的に一時的に潤うが根本が無い。せっかくの資源もそれを巡って国内の民族同士の争いのもとになり、資源で得た資金で武器を買って内戦が行われたりする。資源もうまく使えばとても役立つけれど、それは根本ではないのだ。
福太郎:分かります。
佐平:ノートをもう一度見返すぞ。『大学』からの引用だ。
現代語訳
物事には根本と末節があり、事柄には最初に生じることと最後に生じることがある。何が先であり何が後であるかを知れば、道を知ったのに近い。

書下し文
物に本末あり、事に終始あり、先後する所を知れば則ち道に近し。
佐平:途上国開発で、食糧問題、医療、教育、資源、民族紛争・・・。色んな物事があるが、それらは同じ重要性、同じ比重で存在しているのではない。
福太郎:根本と末節があるんですね。「物事には根本と末節がある」と書いてあります。
佐平:そうだ。根本的な重要な物事と末節的な比較的に重要でない物事がある。教育が根本だ。
福太郎:でも食糧問題も大切ですよね。
佐平:もちろんだ。命を救うのは急務だ。何より優先される場合もある。でも教育も伴わないと長期的には改善しない。
福太郎:「事柄には最初に生じることと最後に生じることがある。何が先であり何が後であるかを知れば、道を知ったのに近い。」はここではどう解釈しますか?
佐平:途上国開発が軌道に乗るには最初は教育だ。そして教育が充実すれば次に企業が安い賃金を求めて工場を立てる。するとまっとうに働く中産階級が育つ。すると自然と世の中が良くなる。
福太郎:「教育の充実」→「産業が興る」→「中産階級が育つ」という順番ですか。これが「何が先であり何が後であるかを知る」ということですね。さらに高等教育まで充実すれば恐らく医学や農業も発展して食糧問題、医療問題も解決し世の中は良くなりそうですね。
佐平:そうだ。
福太郎:分かった。「君子は根本を大切にする。」と『論語』ある通り、賢い人は根本を重視するから教育を充実させる。すると「根本が充実すれば物事は自然にうまくいく。」とあるように自然と世の中はうまくいくようになる。
佐平:そうだな。さらにノートを見返すぞ。『大学』からの引用だ。
現代語訳
根本がでたらめでありながら末節が治まった場合はない。努力すべき根本を手薄にして、手薄でもよい末節が充実した例はかつてない。これを根本を知ると言い、これを知のきわみと言う。

書下し文
その本乱れて末治まる者はあらず。その厚かるべき者薄くして、その薄かるべき者厚きは、未だこれ有らざるなり。此れを本を知ると謂い、此れを知の至まりと謂うなり。

佐平:この言葉を途上国開発で言い換える。「根本たる教育がでたらめで、経済発展という末節がうまくいくはずがない。教育という努力すべき根本を手薄にして、手薄でもよい経済が充実したためしはない。これを根本を知るという。これを知のきわみと言う。」となるな。
福太郎:経済が手薄でもよいというのは言い過ぎですね。
佐平:そうだな。経済は非常に重要だ。でもその前に教育の充実が必要というわけだ。
福太郎:わかりました。でも少し疲れてきたな。そろそろ休みにしませんか?
佐平:そうだな。その前に簡単にまとめておく。
根本が充実すると物事は①自然な力が働き自然に物事がうまくいく。そして②持続的にうまくいくようになる。③根本がないと末節は一時的に潤ったとしても長続きしない。
佐平:これがまとめだ。いったん休憩するぞ。

続きは根本と末節の具体例3をご覧ください。


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■上部に掲載の画像は山下清「ほたる」。

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