中国思想と近代イギリス思想



福太郎:最近思うんですけど、日本って停滞してますよね。
佐平:そうだな。
福太郎:電車に乗っててもみんな下向いていてなんか覇気がないと言うか。
佐平:その通りだ。
福太郎:何が原因ですか?
佐平:何だろうな。
福太郎:先輩の言う「根本」と「末節」の思想で原因を分析してみてくださいよ。
佐平:根本的な原因はいくつかあるだろうけど、ひとつはビジネスが停滞している点だろうな。
福太郎:そうですか。確かに日本人のほとんどはビジネスが仕事ですから、ビジネスが停滞したら活性化しません。でもその原因は何ですか?
佐平:ひとつは思想の不足だと思っている。
福太郎:思想の不足?
佐平:現代という時代は西洋思想が中心になって動いている。
福太郎:そうですね。
佐平:日本人は表面的には西洋化されている。
福太郎:ええ。
佐平:しかし深いところでは日本人は伝統的日本人であり東洋人だ。西洋人ではない。
福太郎:そうでしょうね。
佐平:だから西洋の考え方を取り入れようとしても表面的にしか理解ができない。表面的にしか西洋化されていないからだ。
福太郎:なるほど。
佐平:これが現代日本ほとんどすべての分野で問題になっている。日本人は西洋の考えを表面的に模倣するだけ。うまくいってそれを洗練したり改良したり日本に合う形にして取り入れるだけ。それが限界だ。心当たりがある人も多いはずだ。
福太郎:なんとなく分かります。
佐平:しかし東洋思想であれば現代的な形で説明されれば日本人は深いところまで理解できる。
福太郎:はい。
佐平:日本人は深いところでは東洋人だからだ。
福太郎:そうかもしれませんね。
佐平:そしてさらに東洋思想と西洋思想が正しく合成され、それが理解されれば西洋思想の深いところまで理解できる気がする。
福太郎:なるほど。
佐平:そうすると根本的な問題が解決され物事は自然にうまくいく。
福太郎:本当ですか?そんなにうまくいきます?
佐平:分からない。でも試してみる価値はある。少なくとも失敗してもリスクもないしコストもかからない。失敗しても何かしら得るものはあるだろう。ただ下手に合成すると竹に棒をついだようなわけのわからない思想になる。そうなるくらいなら東洋思想と西洋思想はそれぞれ別々に思想研究したほうがいい。でも上手く合成できるなら試す価値はある。
福太郎:ただ、東洋思想と一概に言っても色々あるし、西洋思想も色々あります。
佐平:個人的には東洋思想は中国思想がいい。西洋思想はイギリス近代思想。
福太郎:一番評判の悪いところを選びましたね。
佐平:そうか?
福太郎:思想を勉強している人たちの間で儒教は評判悪いです。眠たいと評判です。東洋思想やるなら仏教だとみな言います。
佐平:日本には儒教と仏教と神道の三つの伝統がある。もちろん仏教は日本人の魂の救済という意味で非常に重要だ。神道は日本人らしさの源であり非常に重要だ。大切にしなければならない。仏教と神道はオレもこれから学んでいきたいと思っている。ただビジネスなどに役立つという意味では合理的で地に足がついた儒教のほうがいいと思う。思想は精神的な面と知的な面があるが、儒教はその両面がどちらにも傾き過ぎずちょうどよく調和している。バランスもいいんだ。
福太郎:なるほど。でも儒教は眠たいと言われます。
佐平:たしかに仏教徒は儒教はただの日常的な道徳律の範囲を超えないと批判する。空海上人も儒教を評価しなかった。
福太郎:そうですか。
佐平:空海上人は若い頃に漢学を学んでいる。儒教も学んでいるんだ。
福太郎:ええ。
佐平:その著作を読むとその漢詩文の深遠さは驚嘆に値する。恐らく若い頃に漢詩を深く学んだと推測できる。
福太郎:ええ。
佐平:でも儒教の思想的側面に関する引用を読むと、空海上人は儒教とはあまり縁がなかったのかなと思う。
福太郎:そうですか。
佐平:仏教には儒教にない偉大な深遠さがあるが、逆に儒教にも仏教にはない地に足の着いた優れた合理性があるとオレは思っている。東洋的な柔軟な合理性だ。
福太郎:なるほど。西洋思想ではイギリス近代思想がいいんですか?
佐平:西洋思想も色々ある。近代ドイツ思想、現代フランス思想、近代イギリス思想、現代英米分析哲学、ギリシャ思想、キリスト教・・。
福太郎:ええ。
佐平:近代ドイツ思想は非常に深遠だ。現代フランス思想は高度に洗練されている。現代英米分析哲学は論理が精密で鋭い。
福太郎:はい。近代イギリス思想は日本では思想を勉強する人の間であまり人気がありません。
佐平:そうだろうな。一見平凡だからだ。
福太郎:そうですね。
佐平:ドイツ人のニーチェはイギリス思想を軽視し、同じくドイツ人のシェリングは「ロックを軽蔑する」と述べている。
福太郎:シェリングはドイツの哲学者。ロックとはイギリスの哲学者ジョンロックですね。
佐平:ああ。
福太郎:やはりドイツ思想とかのほうが魅力的な気がします。
佐平:それも一理ある。オレも色んな西洋思想を勉強したいと思っている。時々引用できたらいいなとも思う。専門家が勉強するのであれば近代ドイツ思想など深遠な哲学のほうが魅力的だと思う。でも我々一般人の間に広まるべき思想は近代イギリス思想がちょうどいいと思う。
福太郎:そうですか?
佐平:我々大衆がドイツ思想のようにあまりに深遠な思想に流れるべきとは思えない。我々一般人が現代フランス思想のように高度な洗練さを追及すべきとも思えない。我々素人が現代英米分析哲学のようにひたすら鋭い論理を研ぎ澄ますべきだとも思えない。古代ギリシャ哲学は偉大だが、装いが古い。
福太郎:そうか。
佐平:一見平凡でも本質的な英知を持つ近代イギリス思想がちょうどいいと思う。
福太郎:それで中国思想と近代イギリス思想か。
佐平:そうだ。仏教徒やドイツ哲学から「あいつらは地べたを歩いている」と言われても気にしないのだ。もちろん仏教も、できればドイツ思想も勉強したいが、基本は中国思想と近代イギリス思想をオレは読んでいく。
福太郎:なるほど。
佐平:①地に足がついて②分かりやすく③普遍的で④合理的で⑤本質をついた思想。これが必要だと思っている。
福太郎:ええ。
佐平:それに現代ではアメリカと中国が二大国だ。
福太郎:ええ。
佐平:現代中国の思想は当然中国思想が背景にある。
福太郎:そうでしょうね。中国古典思想は現代中国でも生きていると思います。
佐平:もちろん中国思想の古典どおりに現代の中国人の思想があるわけではない。これは中国古典が好きな日本人が勘違いしやすい点でもある。現代中国も中国の古典の通りと思ってしまう。それは違う。
福太郎:ええ。
佐平:でも中国思想を知っておくことで中国を多少は理解しやすくなる。すくなくとも背景は分かる。
福太郎:ええ。
佐平:そしてアメリカだが、現代アメリカ人の主流の思想は近代イギリス思想がもとになっている。
福太郎:さっき現代英米分析哲学の話がありました。現代アメリカの思想は現代英米分析哲学ではないんですか?
佐平:違う。現代英米分析哲学は大学の一部の哲学者の哲学にすぎない。主流は実は近代イギリス思想が元になっている。もちろんそれ以後の発展もあると思うが、基本は近代イギリス思想だ。
福太郎:そうなんですね。
佐平:だから中国思想と近代イギリス思想を知ると現代の二大国であるアメリカと中国の考え方の根本を知るためのヒントになる。
福太郎:そういう意味でも中国思想と近代イギリス思想が重要なんですね。
佐平:ああ。日本はこの二大国にはさまれている。この二大国の思想を知らないといけない。オレはいろんな思想を少しづつかじっているが、中国思想と近代イギリス思想を処方するのが現代日本にとっては最もいいと思っている。
福太郎:今回の講義で『危機の二十年』という政治学の古典がたくさん引用されました。これは近代イギリス思想ではないですよね。
佐平:『危機の二十年』は20世紀のイギリス人の著作だ。普通に考えたら現代イギリス思想になる。しかしこれは現代英米分析哲学とは全く関係がない。流れ的には近代イギリス思想の流れに属する。
福太郎:そうですか。
佐平:これからオレは近代イギリス思想を読んでいく。若干時間がかかるだろうな。
福太郎:ええ。仮に中国思想と近代イギリス思想が理解されたら日本は良くなるんですか?自然な力が働いて自然に良くなるんですか?
佐平:分からない。もし良くなるとすれば我々大衆をまきこんだ社会の動きが必要になる。
福太郎:そうか。そんな運動は日本では起きてないですね。
佐平:例えば我々の上の世代は全共闘や安保闘争などの運動があった。
福太郎:ありましたね。
佐平:これもある意味社会運動だ。
福太郎:ええ。
佐平:その思想を見てもその結果を見てもそれが正しかったとは思えないが、でも確かに彼らは闘った。
福太郎:はい。
佐平:それに彼らは日本を一時的にとはいえ経済大国にした。
福太郎:そうですね。大きい仕事といえますね。
佐平:我々の世代はフリーター世代だ。就職氷河期世代。オレなんかも大学中退してフリーターだ。その典型ちゅうの典型みたいな人間だ。
福太郎:確かに。
佐平:ある人が10年以上前に言っていた。フリーターになった我々の世代の選択は上の世代がつくった社会に対しストライキをしているんだというんだ。
福太郎:なるほど。
佐平:なるほど、とおれも思った。
福太郎:そうですね。
佐平:堺屋太一がテレビで言っていたが、戦後に官僚たちが日本人の人生を設計したらしい。
福太郎:というと?
佐平:小さい頃に教育を受けて、大学出たらすぐ就職し、30で結婚して子育てを行う。住宅ローンを組み、退職までに完済し、老後は悠々自適。官僚が作った日本人の人生だ。
福太郎:そうか。それで現代日本には型破りな人が出ないんですね。
佐平:そうかもな。堺屋太一といっしょにテレビに出ていた石原慎太郎が日本には型破りな人が出ないと嘆いていた。彼はの小説の選考委員をしていたが、世の中に迎合したような小説が多く、独自の世界を持った小説が少ないと嘆いていた。
福太郎:分かります。石原慎太郎氏自身は人間的に型破りです。堺屋太一はその知性が型破りですね。昔は日本人にも型破りな人がいました。
佐平:オレはそんな官僚の意図は知らなかったが、大人たちがつくったレールに従って生きていくのがだんだん息苦しくなっていった。それでフリーターになった。
福太郎:ええ。
佐平:その結果、給料という面では他人より大きなマイナスをこうむっている(笑)。
福太郎:確かに。
佐平:フリーターになるという我々の世代の選択もその思想や結果から見て正しかったかどうかは非常に微妙だ。
福太郎:そうですね。レールに乗りたくないという動機は一理ありますが。しかしそれは消極的抵抗であって、積極的な価値をどれほど生み出せたかはやや疑問かもしれません。でも全共闘やフリーターはある意味社会運動みたいなものではあったんですね。成功はしなかったにせよ。
佐平:そうだな。現代では何かしら運動のようなものは起きているとは思えない。
福太郎:何か運動が起きるとするとどういう運動が考えられますか?
佐平:オレは思想による静かな革命が一番いいと思っている。上の世代の暴力的反抗や我々の世代の消極的抵抗はあまり効果的ではない。中国思想と近代イギリス思想が理解され広まれば物事は自然にうまくいく可能性がある。この思想による静かな革命が現代日本において、もっとも現実的で、受け入れられやすく、効果的で、本質的だと思っている。
福太郎:そんなに簡単にはうまくいかないものだと思いますが。歴史を読んでていつも思います。
佐平:ああ。でも他にできることもないし気長にやろうかなと思っている。
福太郎:そういうノリですか。期待せずに見ておきますよ。
佐平:そうしてくれ。
福太郎:ええ。
佐平:これで長かった講義も終わりだ。後は雑談だな。。
福太郎:分かりました。
佐平:いったん休憩だ。

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■上部に掲載の画像は山下清。

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