根本と末節の具体例1

佐平:根本と末節の例を挙げていくぞ。例は多いほど分かりやすくなる。思想は抽象的だから分かりにくいんだ。具体例がたくさん必要だ。ひたすら列挙していくぞ。
福太郎はい。
佐平:まず一番簡単な例だ。庭の雑草取りを思い浮かべろ。
福太郎ええ。うちにも庭があります。
佐平:雑草の土から上の葉っぱの部分だけ取ったらどうなる。
福太郎またすぐに生えてきます。雑草のしつこさは尋常ではありません。
佐平:まさに雑草魂だな。
福太郎ええ。
佐平:雑草対策は根っこも除かなくてはならない。文字通り根本的な対策だ。葉っぱだけ取るのは文字通り枝葉末節的な対策だ。一時的な対策になる。
福太郎ええ。
佐平:根っこを除かないとまた葉っぱは自然と生えてくる。自然な力が働くんだ。



福太郎おっしゃる通りです。
佐平:「雑草の葉っぱが生えている」と「雑草の根っこが地中にある」は対等な現象ではない。
福太郎:というと?
佐平:「雑草の根っこが地中にある」が根本で、「雑草の葉っぱが生えている」は末節なんだ。
福太郎:ええ。
佐平:雑草対策は根本の根っこを直撃しないといけない。
福太郎はい。
佐平:家の近くにスズメバチが飛んでいるとする。どうする?
福太郎業者に駆除をたのみます。
佐平:業者はどうする?
福太郎近くの巣を駆除します。
佐平:そうだな。巣を駆除するのが根本的な対策だ。
福太郎はい。
佐平:家の近くにスズメバチがいるからといってスズメバチを一匹づつ退治するのは末節的な対策だ。
福太郎そうですね。
佐平:「家の近くにスズメバチがいる」という現象と「スズメバチの巣がある」という現象は対等な現象ではない。
福太郎さっきと一緒ですね。
佐平:「家の近くにスズメバチがいる」という現象は末節的な現象で「スズメバチの巣がある」という現象は根本的な現象だ。「スズメバチの巣がある」→「家の近くにスズメバチがいる」という根本と末節の連鎖がある。スズメバチの巣があれば自然と家の近くにスズメバチが出没する。「自然の力」が働く。



福太郎なるほど。だから業者はスズメバチの巣を駆除するという根本的対策をするんですね。
佐平:そうだ。スズメバチを一匹づつ退治するのは一時的な効果しかない。また新しいハチが生まれて育ってくる。根本である巣を駆除すると自然と解決する。
福太郎ええ。
佐平:たき火の上で鍋で湯沸かしをする例が時々中国の歴史書に出てくる。たき火をしてその上に水の入った鍋を置く。お湯が沸く。このお湯の温度を下げるにはどうしたらいいかという問題だ。
福太郎なんだそりゃ。
佐平:うちわであおいで温度を下げるのはどうだ?
福太郎それはだめですね。
佐平:そうだろう。うちわであおぐのは末節的な対策だ。
福太郎対症療法的な対策ですね。たき火を消さないと。
佐平:そうだ。たき火を消すのが根本的な対策だ。根本を抑えれば後は放っておいても温度は下がる。
福太郎そうでしょうね。
佐平:水の沸騰とたき火は対等な現象ではない。たき火が根本だ。それによって自然に水の温度が上がってしまう。



福太郎ええ。
佐平:たき火を消すのが根本的な対策だ。



福太郎ええ。
佐平:そしてうちわであおぐのは末節的な対策だ。



福太郎はい。
佐平:これは「釜底抽薪」と言って兵法三十六計の第十九計らしい。
福太郎そうですか。
佐平:wikipediaによると北斉の魏収の文「抽薪止沸, 剪草除根」が由来とされる。
福太郎へえ。「たき火を消して沸騰が止まり、草を切るには根っこから除く」ですか。
佐平:よく読めたな。
福太郎漢文も一応勉強してます。
佐平:wikipediaには「釜底抽薪」とは「兵站、大義名分など敵軍の活動の源泉を攻撃破壊することで、敵の活動を制し、あわよくば自壊させんとする計略。」と書いてある。「兵站」とは戦争の時の相手の食糧だ。戦争で食料は根本的な要素のひとつだ。根本である相手の食糧を狙い撃ちするという意味。
福太郎はい。相手の食糧を奪えば相手は勝手に瓦解します。
佐平:『三国志』で曹操がライバル袁紹と戦った官渡の戦いという戦争がある。
福太郎:ええ。
佐平:その時曹操は袁紹の兵糧が保管されてる場所を急襲したんだ。それで袁紹軍は壊滅した。
福太郎:なるほど。
佐平:大義名分も戦争における根本要素だ。相手の大義名分を封じることで戦いができないようにする。思想戦だ。
福太郎:そうか。確かに大義名分がなければ戦争は出来なくなりますね。
佐平:『論語』顔淵篇に次の言葉があるぞ。
現代語訳
孔子が仰った。訴えを聴いて裁く点では私も他の人と変わりがない。しかし訴えをなくさせることはできる。

書下し文
子曰く。訴えを聴くは、吾なお人の如きなり。必ずや訴え無からしめんか。
佐平:争いがあると訴えが自然と生じてくるだろう。
福太郎:はい。



佐平:「争い」と「訴え」は対等な現象ではない。
福太郎:「争い」が根本で「訴え」が末節ですね。
佐平:訴えを聴いて訴えを裁くのは末節的な対策だ。
福太郎:ええ。



佐平:それに対し訴えのもとである争いをそもそもなくすのは根本的な対策だ。
福太郎:そうですね。



佐平:孔子は末節的な能力より、物事の根本に働きかけ根本に作用するのに長じていたと考えられる。
福太郎:なるほど。
佐平:耶律楚材という人がいる。
福太郎:え?何だって?
佐平:「やりつそざい」だ。
福太郎:工場かなんかの材料ですか?素材?
佐平:違う。人の名前だ。
福太郎:変な名前。
佐平:失礼だ。偉い人だぞ。
福太郎:なにした人ですか?
佐平:チンギスハンに仕えた人だ。モンゴル帝国の礎を築いた。
福太郎:あの大帝国の。へ~すごいですね。
佐平:彼の言葉をノートに書くぞ。
現代語訳
ひとつの利益をもたらすよりも、ひとつの害悪を除くほうが優れている。

書下し文
一利を興すは一害を除くに如かざるなり。
福太郎:いまいちピンときませんね。どういう意味ですか?
佐平:これだけだと色んな意味に解せるが、オレの解釈を言おう。
福太郎:お願いします。
佐平:さっきのたき火だ。うちわでお湯を扇いで冷まそうとするのが「ひとつの善いことをもたらす」だ。
福太郎:お湯が冷えるから「利益をもたらす」になりますね。
佐平:そしてたき火を消すのが「ひとつの悪いことを除く」だ。
福太郎:たき火を消すから「害悪を除く」になりますね。
佐平:もちろん「ひとつの利益をもたらす」のもとても大事だ。でも「ひとつの害悪」が色んな悪いことの諸悪の根源になっている場合は多い。害悪を除くほうが根本的な対策である場合が多いという意味だ。これはオレの解釈だ。
福太郎:少しわかる気がします。これも根本と末節なんですね。
佐平:次の例だ。ケマルアタテュルクという人物がいる。第一次世界大戦ころのトルコ人だ。
福太郎:世界史で習いました。
佐平:オスマントルコは第一次大戦はドイツ側だった。
福太郎:敗北側ですね。
佐平:そして大戦後オスマントルコは滅亡した。
福太郎:トルコはなくなったんですか。
佐平:違う。オスマントルコの代わりにケマルアタテュルク主導の新生トルコ共和国が誕生した。
福太郎:そうなんですね。
佐平:そのときケマルアタテュルクは大英断を行った。新生トルコの国境をトルコ人が住んでいるところに限定したのだ。
福太郎:確かオスマントルコは他にアラブ人とかギリシャ人とかいて他民族国家だったんですよね。
佐平:そうだ。他の民族をトルコから独立させた。そしてギリシャもオスマントルコから独立。その際ケマルアタテュルクはギリシャと相談しトルコ在住のギリシャ人をギリシャに送還しギリシャ在住のトルコ人をトルコ側に送還させたのだ。
福太郎:住民交換?前代未聞だ。
佐平:そうだ。住民もそれを望んでいたので平和裏に行われた。
福太郎:なるほど。
佐平:トルコの国境をトルコ人が住んでいる場所に限定しあらかじめ民族紛争が起きる可能性を無くしておいたのが「ひとつの害悪を除く」という考えに近い。鍋の下のたき火を消すのと同じだ。民族紛争が起こった後に調停で解決するのは「ひとつの利益をもたらす」に近いと思う。お湯をうちわであおぐのと同じだ。
福太郎:ケマルアタテュルクは根本的な対策を行ったんですね。
佐平:そうだ。クルド人問題は確かに残ったが、他に民族問題は生じなかった。根本的な対策で民族問題が生じるのを防いだのだ。
福太郎:分かりました。
佐平:『菜根譚』という書物の引用からこの考え方を確認するぞ。
福太郎:『菜根譚』?
佐平:中国の明の時代の書物だ。けっこう面白いぞ。wikipediaによると「明治時代以降も、清言の書として人々に愛読された。処世訓の最高傑作の1つとして、田中角栄、吉川英治、川上哲治、野村克也も愛読した」とあるぞ。日本でも昔はよく読まれた本だ。
福太郎:難しい本ですか?
佐平:原文や書き下し文で読むと出てくる単語はけっこう難しい。でも思想内容はけっこう分かりやすい。けっして難しくはない。中国思想入門にもいい。岩波文庫でも出ている。
福太郎:そのうち読んでみようかな。
現代語訳
水は波が立たなければ自然に静まるものであり、鏡はちりやほこりで曇らなければ自然に明らかなものである。人の心も無理に清くすることはない。心を濁らすものを取り去れば、本来の清さが自然に現れてくる。楽しみも必ずしも外に求めて行かなくともよい。その心を苦しめる雑念を取り去れば、本来の楽しみが自然に生じてくる。

書下し文
水は波だたざれば則ち自ずから定まり、鏡はくもらざれば則ち自ずから明らかなり。故に心は清くすべきことなく、そのこれを濁らすものを去れば、清自ずから現る。楽は必ずしも尋ねず。そのこれを苦しむるものを去れば、楽自ずから存す。
福太郎:へえ。いい言葉ですね。
佐平:そうだろう。特別なことはしなくてもいいんだ。たき火を消すだけでいいのと同じだ。「ひとつの利益をもたらすよりも、ひとつの害悪を除くほうが優れている。」という耶律楚材の言葉と同じだ。
福太郎:でもヨガはしたほうがいいですよ。ヨガをするとそれこそ菜根譚のこの言葉で言う「本来の清さが自然に現れてくる」とか「本来の楽しみが自然に生じてくる」とかに自然に生じてきます。
佐平:そうか。試してみる。
福太郎:是非。
佐平:『論語』里仁篇に次の言葉があるぞ。
現代語訳
孔子が仰った。自分の地位がないことを憂えず、実力がないことを憂えなさい。自分が世間に知られていないことを憂えずに、知られるだけのことを為そうと勤めなさい。

書下し文
子曰く、位なきことを憂えず、立つ所以を憂う。己を知ること無きを憂えず。知らるべきことを為すを求む。
佐平:実力が根本で地位が末節だ。実力があれば自然と地位がついてくる。だから孔子は根本を大事にせよと言っている。



福太郎:サッカーの本田選手の言葉がありますよ。
成功に捉われるな。
結果に捉われるな。
成長に捉われろ。
佐平:なるほど。いい言葉だ。一芸を究めた人は言うべき内容を持っている。
福太郎:ええ。
佐平:これも成長が根本で、成功と結果が末節だな。素晴らしい。
福太郎:ですね。
佐平:アインシュタインの言葉を引用するぞ。
成功者になろうとするのではなく、価値のある人間になるよう努めるべきです。
福太郎:なるほど。これも同じことを言ってますね。興味深い。
佐平:次の例だ。「これからの時代はカルピスの原液を創った人が勝つ。」と言ったひとがいる。
福太郎:どういう意味ですか?
佐平:カルピスの原液を創るとあるひとはそれを「水で薄めて飲み物を作りたい」と言って協力を求めてくる。
福太郎:はい。
佐平:別の人は「これをアイスクリームにかけて使いたい」と言う。
福太郎:ええ。
佐平:さらに別の人は「これをお菓子つくりに使いたい」と言ってくる。
福太郎:なるほど。
佐平:別の人は「これでカクテルを作りたい」と言い協力を求めてくる。
福太郎:なんか話が見えてきました。
佐平:要はカルピスの原液が根本であり、根本を抑えた人が勝つというんだ。
福太郎:お菓子とかカクテルは末節なんですね。
佐平:そうだ。
福太郎:分かりました。
佐平:もうひとつの例だ。なぜ風邪をひくかしっているか?
福太郎:のどにウイルスとかが感染するからです。
佐平:そうだ。風邪をひいたらどうなる。
福太郎:発熱して咳が出て鼻水がでてだるくなります。
佐平:この場合根本は何だ?
福太郎:当然ウイルスの感染です。
佐平:末節は何だ?
福太郎:発熱など症状です。
佐平:そうだ。「ウイルスの感染」→「発熱などの症状」となる。



福太郎:ええ。分かります。
佐平:病院で解熱剤や咳止めの薬をもらうだろう。
福太郎:はい。もらいます。
佐平:あれは末節的な対応だ。
福太郎:文字通り対症療法ですね。



佐平:根本的な対応は何をしたらいい?
福太郎:たしか安静にして保温に注意して栄養を取ってよく寝て・・とかですか?
佐平:そうだな。体がウイルスを闘うのをサポートしてあげるのが根本的な対策だ。
福太郎:そうですね。



佐平:それと気合を忘れてはいけない。
福太郎:何のことですか?
佐平:風邪なんかに負けないという気合があれば風邪の治りはとても早くなる。
福太郎:初耳ですね。
佐平:オレの経験則だがたぶんあってると思う。
福太郎:ほんとかなあ。まあいいっすけど。
佐平:病院に行くのが無意味なわけではない。他の病気なら病院に早くいったがいい場合が多い。でもただの風邪なら安静にしたうえで気合で治せる。
福太郎:本当っすか?気合に関してはあまり信じませんが。
佐平:それはどうでもいいが、いずれにしても風邪にも根本と末節がある。根本的対策と末節的対策があるんだ。
福太郎:分かりました。
佐平:似たような例だが次の例だ。ある高校生が登校拒否になったとしよう。親はどうする?
福太郎:親によっては「とにかく学校に行け!!」と言う親もいるでしょうね。
佐平:そうだな。
福太郎:でも普通の親は「どうして行きたくないの?」と理由を聞きますね。
佐平:そうだな。「外に出るのが怖いの。」と高校生は答えたとしよう。
福太郎:「どうして怖いの?」と親は聞きます。
佐平:「なぜか分からないけど。怖いの。」と言ったとしよう。
福太郎:それは親は困りますね。
佐平:親は精神科に行って薬をもらい。高校生は何とか学校に行けるようになったとしよう。
福太郎:はい。
佐平:でも本当の原因は以前にその高校生がトラックにひかれそうになった経験があったことだ。ひかれそうになった時は意識上では「あ~あぶなかった。」と思っただけだった。しかし実は無意識では強烈な恐怖を感じていた。無意識ではトラウマになっていたのだ。そして事故から数か月するとだんだん道路に出るのが怖くなってしまい、とうとう登校拒否になった。
福太郎:なるほど。
佐平:「トラウマ」が根本的原因だ。「トラウマ」→「道路に出るのが怖い」→「登校拒否」という根本と末節の連鎖がある。



福太郎:分かります。
佐平:「とにかく学校に行け!!」という親はもっとも末節的な対策をしている。
福太郎:「登校拒否」といういちばん末節的な現象だけを見てますね。



佐平:そうだ。そして薬をもらって恐怖を緩和するというのが少し根本的な対策だ。「道路に出るのが怖い」という現象を見ている。
福太郎:そうですね。薬で「道路に出るのが怖い」を軽減してます。



佐平:最も根本的な対策はトラウマ自体を治してあげることだ。例えば事故に遭った時のことを親身になって聞いてあげるとかだ。これは「トラウマ」という最も根本を見ている。



福太郎:トラウマって治るんですか。
佐平:治る場合もあるが、治らない場合もあるそうだ。だから結局薬による治療が一番現実的らしい。
福太郎:なるほど。
佐平:トラウマを直すのが最も根本的な対策だが、だからと言ってそれが現実に可能かは別問題だ。
福太郎:薬のほうが安定して効果があるんですね。
佐平:オレはtwitterをやっているが、ある人が言っていた。精神科は薬を処方するだけで患者の悩みに寄り添おうとしない。怪しい宗教団体のほうがよっぽど悩みに寄り添って話を聞いてあげている、と。
福太郎:なるほど。確かにその通りですね。そういう団体のほうが精神科より物事の根本にアプローチしてるんですね。そして信者にして高額の金を上納させるのか。
佐平:そうだ。一部そういう宗教団体もある。嘆かわしいことだ。その人も嘆いていた。
福太郎:そうですね。
佐平:休憩するぞ。

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