新鮮な魚屋さんはさらに新鮮になる。好循環の法則。

『ビジョナリーカンパニー』の著者ジム・コリンズに「弾み車の法則」という考え方がある。簡単に言うと物事の好循環である。

たとえば鮮魚店で品ぞろえがよく、魚が新鮮だとする。すると口コミで近所の人たちの評判になる。すると客が集まる。すると商品の回転率がよくなる。商品の回転率が速くなると、新鮮なうちに魚が売れるので、商品の魚の新鮮さがさらに高まる。品ぞろえも豊富にできる。それがさらに口コミを生んで、客が集まる。この好循環が「弾み車の法則」だ。下の図。

このサイクルが何百回、何千回と回転することで大きな効果を生む。店は繁盛する。

他の例を挙げる。『近思録』致知篇に次の言葉がある。

書下し文
学ぶ者の文義に泥まざる者は、また全く背卻して遠く去る。文義を理解する者は、また滞泥して通ぜず。

現代語訳
古典を学ぶ者で古典の文字の意味に忠実でない者は、古典の本質から完全に離れてしまう。古典の文字の意味に忠実な者は、古典の言葉にとらわれて古典の本質に通じない。

これは書物を読む際のよくある間違えた読み方について述べている。文字を丁寧に読まない人、文字に忠実でない人は本質をとらえられない。逆に文字を丁寧に読むが、文字にとらわれる人は本質が見えない。では正しい読み方はどうすればいいか。その逆を行えばいい。まず文字を丁寧に読む。そうすると文字があらわす本質がよくわかる。本質が分かると本質の理解を背景に文字を読むのでより一層文字を丁寧に読める。これも好循環である。下の図。

文字の理解と本質の理解が好循環をなす。

同じことだが別の表現をしてみる。思想を読むとき、思想のひとつひとつの文章を深く理解して読むことは大切だ。ひとつひとつの部分の理解である。しかし思想には体系がある。儒教であれば儒教の思想体系がある。簡単に言うと全体のつながりである。これをとらえないといけない。

部分の理解が深まることで全体のつながりが見えてくる。全体のつながりが見えるとそれを背景に部分を理解するので、部分の理解が深まる。これも好循環である。

私が今回、ジェフ・ベゾス、スティーブ・ジョブズ、イーロン・マスク、ジム・コリンズたちビジネスリーダーの伝記や言葉を読んだ時にもこれが生じた。最初は十分に理解できなかったが、丁寧に読んでいくとまずひとつひとつの文章に対する理解度が深まった。部分の理解である。部分の理解が深まると、自然と全体のつながりが見えてくる。全体のつながりを背景に部分を読むと、さらに深く部分を読める。これが何十回も回転した結果、内容が分かるようになった。私の中で小規模ながら「弾み車の法則」が発動したのだ。

1999年のベゾスレターに次の言葉がある。『Invent & Wander』から引用する。

その片方を向上させるのにいちばんいいのは、もう片方を向上させることです。

部分の理解を深めるためには全体のつながりの理解を深めるのがよく、全体のつながりが見えるためには部分の理解を深めるのがよい。

読書が好きな人は皆読書における好循環を体験している。

読書をすると知識が増える。知識が増えると知識がつながる。本質をとらえる人は知識がつながるからだ。知識がつながると読書が面白くなる。読書が面白いと読書をする。このように好循環が生まれると、どんどん読書をしようと思う。

この「弾み車の法則」を得ると物事は加速度的に進んでいく。鮮魚店の例でいうと、この好循環が発動すると店は繁盛し事業は拡大する。重要なのはこの「弾み車の法則」を発見し回転させることだ。偉大な会社はみなこの「弾み車の法則」を持っているという。「弾み車の法則」を発見する手続きについて『ビジョナリーカンパニー 弾み車の法則』に次の記載がある。

それはジグソーパズルを完成させる作業によく似ている。ピースを目の前に広げて、ああでもない、こうでもないと議論しながら組み合わせていく。それは正しい弾み車にたどり着くための規律ある思考プロセスなのだ。弾み車に不可欠な構成要素は何か。最初に来るのはどの要素か。次はどれか。それはなぜか。ループはどのように完結するのか。構成要素が多すぎないか。抜けているものはないか。これが実際に機能することを示す根拠はあるのか。徐々に唯一無二の弾み車が姿を現す。すべてがカチッとはまったときは、ジグソーパズルの最後のピースを置いた時と同じ感じがする。経営チームは自分たちの弾み車を明確にするなかで、どうすれば良い会社から偉大な会社へのブレークスルーを実現し、持続させるのに必要な結果を出せるかわかった、腹落ちしたという興奮を覚える。

次の言葉もある。

ひとつの要素を完璧にすれば、自然と次の要素へ、さらにその次へと押し出されていく。まるで連鎖反応のようだ。みなさんの弾み車を考えるとき、ただ静的な目標を書き連ね、それを円の形に並べて終りというのは絶対に避けてほしい。弾み車は勢いに火をつけ、加速させるような因果的連鎖をとらえている必要がある。

「ひとつの要素を完璧にすれば、自然と次の要素へ、さらにその次へと押し出されていく。」とある通り、鮮魚店の例でも、「魚が新鮮」であれば自然に「口コミ」が広がり、「口コミ」が広がると自然に「客が集まり」、「客が集まる」と自然と「回転率が速く」なり、「回転率が速くなる」と自然と「魚が新鮮」になる。これはジム・コリンズが言う通り「因果的連鎖」である。中国思想が大切にする「自然な力」である。

■作成日:2023年10月12日

続きはアマゾンの「弾み車の法則」をご覧ください。

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