アマゾンの「弾み車の法則」

「弾み車の法則」で一番有名なのはアマゾンの弾み車である。『ジェフ・ベゾス 果てなき野望』から引用する。

コリンズの言う「弾み車」 ― 自己強化する循環 ― を参考に、ベゾスらは事業にプラスとなるはずの良循環がどういうものであるかを描き出した。価格を下げると来客数が増える。来客数が増えると売上がふくらむとともに手数料を払ってくれるサードパーティーの売り手が集まる。そうなれば、ウェブサイトの運営に必要なサーバーや物流センターなどの固定費を有効活用できる。効率が上がれば、価格をさらに引き下げられる。どの部分でもいいからこの弾み車を押すことができれば、良循環のスピードが上げられるわけだ。アマゾン幹部は大喜びした。ようやく自社の事業を本当に理解できたと感じたのだ。

ベゾスはアマゾン創業当初、社員とレストランで話しているとき紙ナプキンに下の図を書いて説明したという。

これがアマゾンの弾み車である。

中央一番下に「トラフィック」がある。これは顧客の数。来客者数だ。客が多いと次の「販売者」が増える。アマゾンではマーケットプレイスというサードパーティーが多くの商品を出品している。客が多いと出品者が増える。これが販売者。するとつぎの「セレクション」が増える。出品者が増えると商品の数と種類が増えるのだ。それが次の「顧客体験」の向上につながる。すると当然次の「トラフィック」が増えて客が集まる。

左上に「低コスト体質」というのがある。これは説明を要する。2003年のベゾスレターを『Invent & Wander』から引用する。

アマゾンのコストの大部分は、たとえばソフトウェア開発のように、どちらかというと固定費ですし、変動費の多くもまた規模拡大によって抑制が利きやすくなるため、販売量を増やせば、こうしたコストの売上高に占める割合は下がります。ちょっとした例を挙げると、先ほどのインスタント・オーダー・アップデート機能を4000万人のお客さま向けに開発しても、100万人向けの開発にかかるコストの40倍もかかることはありません。

新しいソフトウェアをつくっても、100万人向けに作っても、4000万人向けに作ってもかかる費用は大体同じだ。2002年のベゾスレターから引用する。

私たちは顧客体験の大半を ― 比類のない品揃え、詳しい商品説明、お客様それぞれに合った商品の推奨、そしてその他の新たなソフトウェア機能も ― おおむね固定費化しています。顧客体験にかける費用の大半が固定化されていると、売上に占めるこれらの費用の割合は、事業が急拡大するにつれ小さくなっていきます。

リアル店舗がないので、アマゾンの必要経費は多くが固定費だという。客の数が多くても少なくてもかかる費用はあまり変わらない。まずソフトウェアがいる。物流センターもいる。しかしそれらは客が100万人の場合と、1億人の場合で、そこまで費用は変わらない。だから客の数が増えるほど、客一人当たりにかかる費用は減っていく。

これが図の左上の「低コスト体質」である。だから会社が成長すると「低コスト体質」により、さらに次の「低価格」が実現する。コストが少ないので低価格を実現できる。それがさらに「顧客体験」につながっていき循環する。この弾み車がアマゾンにおいては何千万回転何億回転も行われることで巨大な力が生じる。

1999年のベゾスレターに次の言葉がある。『Invent & Wander』から引用する。

私たちにとって業務面の卓越を目指す意味はふたつです。ひとつは顧客体験を継続的に向上させること。もうひとつは生産性と利益率と効率と資産の回転率をすべての事業領域で向上させることです。その片方を向上させるのにいちばんいいのは、もう片方を向上させることです。たとえば配送の効率が上がれば配送時間が短縮され、配送時間が短縮されると注文当たりの問い合わせ件数と顧客サービスコストが減ります。すると顧客体験が向上し、ブランド力が増し、その結果、顧客獲得コストと維持コストが下がります。

配送効率が上がり配送時間が短くなると、コールセンターなどへの顧客からの問い合わせ件数が減る。すると顧客サービスコストが減る。もちろん顧客体験も向上する。「顧客体験の向上」と「効率の向上」の良循環である。

『ビジョナリーカンパニー 弾み車の法則』に次の言葉がある。

すぐれた弾み車の力を侮ってはならない。とりわけ非常に長い期間にわたって勢いを蓄積したときの威力は、途方もないものになる。ひとたびまっとうな弾み車が構築できたら、何年、何十年もその刷新や拡張を続けていくべきだ。意思決定のうえに意思決定、行動のうえに行動、回転のうえに回転を積み重ねる。ループを完了するたびに、効果は蓄積していく。ただこれを最善のかたちで実現するには、自社固有の弾み車がどのようなつくりになっているかを理解する必要がある。あなたの会社の弾み車がアマゾンとそっくり同じであることはまずないが、同じレベルの明確さとロジックの健全さは必須である。

次の記載もある。

弾み車を正しく設計すると、次は勢いを加速するためにどこを改善すればよいかという問いが出てくる。弾み車には、すべての構成要素はほかの要素に依拠するように正しい順序で並んでいる、という性質がある。つまり重要な構成要素のひとつでもおろそかにすると、勢いを維持できなくなる。
こんなふうに考えてみよう。あなたの弾み車には6つの構成要素があり、そのパフォーマンスを1から10までの尺度で評価するとする。6つの実行状況の評価が9、10、8、3、9、10だったらどうか。結局弾み車は評価3の要素のところで止まってしまうだろう。勢いを取り戻すためには、3の要素を少なくとも8まで引き上げなければならない。

アマゾンの弾み車においてもすべての要素のうちもっともうまくいっていない要素がボトルネックとなる。そこを改善することで全体が改善する。

■作成日:2023年10月13日

続きは停滞する現代日本に最も欠けているものをご覧ください。

上記リンクは以前2022/11/4に書いた文章ですが関係があるのでここで挟んでおきます。

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■上部に掲載の画像は山下清。