すぐれた多くの人材の力を結集させる引力

人材を集めることは重要だ。しかし単に集めるだけでは十分ではない。すぐれた人材の力を結集させまとめる引力が必要だとスティーブ・ジョブズは言う。

ジョブズは一時アップルを追われていた。その後アップルは低迷。そして1997年にジョブズは再度アップルに復帰する。「あなたが1997年に復職するまでの10年間、アップルではイノベーションがあまり進まなかったが、そこから何か学ぶべきことはあるか?」と問われて次のように答えている。

テクノロジー企業であっても、製品を中心に考える文化が必要ということだ。社内に一流のエンジニアや優秀な人材が山のようにいるところは多い。でも最終的に全員をひとつにまとめる引力のようなものが欠かせない。それがないと素晴らしいテクノロジーの欠片たちが宇宙を漂うだけだ。

人材は当然必要である。しかしそれだけでは足りないという。すぐれた人材をひとつにまとめ上げる「引力」が必要だという。そうでないと「素晴らしいテクノロジーの欠片たちが宇宙を漂うだけだ」と言う。当然その「引力」はジョブズ自身が持っている力である。次の言葉もある。

アップルには核となる才能がそろっている。その才能とは極めて優れたハードウェア設計ができること、極めて優れた工業デザインができること、極めて優れたシステムソフトウェアやアプリケーションソフトウェア設計ができることだ。さらに我々はこれらすべての才能を結集させ製品を作り出すことに長けている。これができるのはコンピュータ業界で我々しかいない。

やはり人材が大切だと述べている。しかしそれだけではなく「これらすべての才能を結集させ製品を作り出すこと」が重要だという。すぐれた多くの人材とそれをまとめ上げるジョブズの力。それがアップルを卓越した企業にした。

宋文洲という中国出身の起業家が日本の企業を訪れた際に、日本人の経営者に「どうだ、うちの会社は人材の宝庫だろう。」と言われ、次のように答えた。「いえ、社長。おたくの会社は人材の倉庫ですよ。」言い得て妙である。日本には人材はたくさんいる。しかしその人材をまとめ上げる「引力」が足りないのだと思われる。

では何がすぐれた人材をひとつにまとめるのか。ひとつはビジョンである。ビジョンとは真理の実現である。真理はそれ自体魅力がある。真理の実現は多くの人たちを引き付ける。そしてビジョンは多くのすぐれた人材をひとつにまとめ上げる。イーロン・マスクの言葉がある。

技術リーダーシップを決めるのは、世界最高レベルのエンジニアをを魅了し、やる気にさせる企業力です。

「企業力」、ビジョンがすぐれていることが最高のエンジニアを引きつける。ビジョンの深さはその人が持つ真理の深さである。真理の深さがすぐれた人材を集め、さらに彼らをまとめ上げる。

ジェフ・ベゾスの友人がベゾスを評した次の言葉がある。

ジェフは明快な目標を持ち、ぶれずに一定の形で示すので、ほかの人たちもなにをしたらいいのかよく分かるのです。

ベゾスは常にビジョンを持ち、何をなすべきか正しい方向性を示すと言う。Google創業者のセルゲイ・ブリンがジェフ・ベゾスを次のように評している。

僕たちが目指すモデルはジェフ・ベゾス。とんでもなく頭が切れる人だ。それにみんなのやる気を引き出せるんだよ。そういう面では僕よりラリーのほうがうまいけど、ジェフはラリーよりさらに上だ。ジェフはすごくおもしろい人で、一緒にいると本当に楽しいんだ。

ベゾスはやはりすぐれた人材たちをまとめ上げる力があるようだ。

スティーブ・ジョブズはすぐれた人々をまとめ上げる引力を持っていた。当然本人もそれを自覚していた。『ビジョナリーカンパニー ZERO』に著者がスティーブ・ジョブズと電話で話した内容が記載されている。1997年にスティーブ・ジョブズがアップルに復帰するが、その決断をした理由は何かと著者がジョブズに質問する場面である。

相手は時代を代表する製品を世に送り出してきたビジョナリー経営者だ。だから私は、オブジェクト指向のオペレーティングシステム、マッキントッシュ・コンピュータの可能性、あるいは当時頭の中にあった「めちゃめちゃ最高の」製品のアイデアといった答えを予想していた。だがジョブズの答えはまるで違っていた。
「人」だ。社内のあちこちにともに再建に挑むのにふさわしい人材が潜んでいることに気づいたという。初期のアップルが掲げた「世界を変える」というビジョンへの熱い情熱を持ち、最高に美しい製品を作ることへのジョブズのこだわりを共有し、個人のクリエイティビティを刺激する「精神のための自転車」をつくりたいという夢を持つ人材だ。さながら帝国の追跡を逃れ、時期が来たら立ち上がろうと身を隠すジェダイの生き残りのような彼らの中に、アップルの価値観は生き続けていた。姿を隠し、萎縮し、眠っているようではあったが、確かに生きていた。ジョブズの再建は、アップルの価値観への情熱を持った正しい人材を探し出すところから始まった。
私たちはアップルの見事な復活をiPodやiPhoneと結びつけて考えがちだ。もちろんジョブズは優れた製品への情熱を失ってはいなかった。ただ最高の製品を生み出し続ける、時代を超える企業をつくる唯一の方法は、正しい文化の下で正しい人材が働く状態を生み出すことだと学んだのだ。

ジョブズは自分の持っている真理に共感するすぐれた人材が多数アップルに生き残っているのを知った。

そういう人材さえいれば、あとはジョブズ自身がその人材をまとめ上げて、自身の持つ真理を実現できるビジネスをつくることができると考えたのである。

『言志録』に次の言葉がある。

書下し文
民の義に因りて以てこれを激し、
民の欲に因りて以てこれを赴かしむ。

現代語訳
真理によって人々を激励し、
欲しているものによって導いて行動させる。

ビジネスでいうと、ビジョンという真理によって人々を引きつけて情熱を生む。そしてその結果利益が上がるので、それによってさらに行動を促すという。

ビジョンとは「使命」でもある。使命とはその人が持つ真理の実現だ。松下幸之助に次の言葉がある。『日々のことば』から引用する。

何をなすべきかの目標を持ち、使命感を持って、みんなが一致協力するところに成果が上がる。

やはり使命、ビジョンが多くの人材をまとめると松下幸之助も述べている。次の言葉もある。

ひとつの使命に立って仕事をしていけば、お互いの心と心がつながってくる。力強い仕事も遂行できる。

これも同じ内容である。

ビジョンを示し使命を与えることは経営者の役割であると松下幸之助はいう。『一日一話』から引用する。

「はじめに言葉あり」という言葉がある。聖書の中にあるそうで、私はその深い意味はよく知らないが、これは経営にもあてはまることではないかと思う。つまり経営者、指導者ははじめに言葉を持たなくてはならない。言いかえればひとつの発想をし、目標をみなに示すということである。あとの具体的なことは、それぞれ担当の部署なり社員なりに考えてもらえばいい。しかし最初に発想し、それを言葉にすることは、経営者がみずからやらなくてはいけないと思う。そしてそれは企業経営だけでなく、日本の国全体として望まれることであろう。

続けて引用する。

指導者にとって必要なことは目標を与えることである。指導者自身は特別な知識とか、技能は持っていなくてもよい。それは専門家を使えばいいのである。しかし目標を与えるのは指導者の仕事である。それは他の誰かがやってくれるものでもない。もちろんその目標自体適切なものでなければならないのは当然である。だからそのためには、指導者はそういう目標を生むような哲学、見識というものを日ごろから養わなくてはならない。自分の哲学なり体験に基づいて、その時々に応じた適切な目標を次々と与える。指導者はそのことさえ的確にやれば、あとは寝ていてもいいほどである。

ビジネスは真理の実現である。実現すべき真理、目標は何かを提示することが指導者の役割だという。その真理は「たったひとりの熱狂」において孤独のうちに練り上げられた真理である。さらに引用する。

古来名将と言われるような人は、合戦にあたっては必ず「この戦いは決して私的な意欲のためにやるのではない。世のため人のため、こういう大きな目的でやるのだ」というような大義名分を明らかにしたと言われる。いかに大軍を擁しても、正義なき戦いは人々の支持を得られず、長きにわたる成果は得られないからであろう。これは決して戦の場合だけではない。事業の経営にしても、政治におけるもろもろの施策にしても、何をめざし、何のためにやるのかということをみずからはっきり持って、それを人々に明らかにしていかなくてはならない。それが指導者としての大切な務めだと思う。

言葉は世界を一歩も進めない。進めるのは行動である。しかし言葉は目標を与え世界が進む方向を変えることができる。インスピレーションを与えるのは芸術家であり、世界を動かすのは政治家や経営者である。それに対し目標を提示するのが哲学である。「指導者はそういう目標を生むような哲学、見識というものを日ごろから養わなくてはならない」と松下幸之助が述べるとおりである。

その人がとらえた真理が深ければ深いほど、その真理はすぐれた人を集め、そのすぐれた人々をひとつの目標に向かってまとめる。『ビジョナリーカンパニー』から引用する。

問題は何を信じていたかではなく、どこまで深く信じていたか、そして組織がどこまでそれを貫き通したかである。ここでもキーワードは本物であることだ。添加物は不要だ。甘味料も必要ない。100%混じりけなしの本物であることが重要である。

私は少し意見が違う。「何を信じていたか」も重要だと思っている。ヒトラーも恐らくドイツ文化の偉大さという深い信念を持っていた。しかしその信念の深さゆえに極端に走った。ただ著者が言うように「どこまで深く信じていたか」がビジネスの理念で重要なのは確かだ。その信念の深さは、その人がとらえた真理の深さに依存する。

その人が持っている真理は、その人に与えられた「天命」でもある。『言志録』から引用する。

書下し文
人は須らく自ら省察すべし。
天は何の故に我が身を生み出し、我をして果たして何の用に供せしむとする。
我すでに天の物なりとせば、必ず天の役あらん。
天の役共せずんば、天の咎必ず至らん。
省察してここに至れば、則ち我が身の苟も生くべからざるを知らん。

現代語訳
人は次のことを反省しなくてはいけない。
天はなぜ自分を生み出したのか。天は自分に何をさせようとしているのか。
自分は天が生じたものであるから、必ず天の命じた仕事があるはずだ。
天の与えた仕事をしなければ、天の罰が必ずくるであろう。
反省してこのような結論に至れば、ぼんやりと生きていていいはずがないと分かるだろう。

その人が持っている真理とその実現が、その人の楽しみになり、生きがいとなり、自尊心になり、自信になり、世の中の役に立ち、ついでに地位と富を生み、そして天命となり、さらに一部の人たちは歴史に残る。

『ビジョナリーカンパニー ZERO』から引用する。

第1にやらなければならないことを見きわめるのはリーダーの役目だ。自らの洞察力や本能に頼ることもあるが、正しい人々との対話や議論を通じて見きわめることのほうが多いだろう。ただどのようなやり方を採るにせよ、明確な答えを出す必要がある。第2に、重要なのはやらなければいけないことをやらせることではなく、やりたいと思わせることだ。第3にリーダーシップとは「サイエンス」ではなく「アート」だ。

やるべきことを提示するのがリーダーだという。そのやるべき目標が深い真理に裏打ちされていれば、人々はそれを実行に移したいと思う。やりたいと思うのである。そしてそのような真理は単なるサイエンスではなくアートの要素も同時に持っているはずだ。3つの内容を述べているが「真理」という点が共通している。『最強組織の法則』から引用する。

本物のビジョンがあれば、人々は学び、力を発揮する。そうせよと言われるからではなく、そうしたいがゆえに。

ビジョンの持つ真理が深ければ、人々は他人に強制されるなどの外部の力によってではなく、内部の力によってそれを実現しようと思う。

日本にはすぐれた人材がたくさんいる。しかし低迷期のアップルのように多くの人材を結びつける引力が足りない。ビジネスで多くの人材をひとつにまとめるのはビジョンである。私にはそのような具体的なビジョンはつくれないが、ビジョンの背後には思想が必要である。難解な思想ではなく、分かりやすい思想。普遍的で地に足のついた分かりやすい思想である。それはつくってみたいと思うが、なかなかうまくいかない。

すぐれたたくさんの人材をまとめあげる力は、思想に由来するのか、それとも人間に由来するのか。歴史を読むと恐らく両方である。思想と人間の両方が必要。しかしひとりの人間が思想と人間性の両方を持っている必要は必ずしもない。ある人が思想を提示し、人間力のある別の人が実行するという分業でも全然大丈夫である。たとえば田中角栄などは巨大な人間性を持っていた。youtubeの演説とかで見るとその巨大さが分かる。しかし話していることは大したことない。思想がないのである。だからそこまで大きな仕事はできない。逆に思想だけあって人間がなくてもやはり大きな仕事はできないだろう。両方が必要なのである。

勝海舟は恐ろしい人物をふたり見たと述べている。西郷隆盛と横井小楠である。横井小楠の思想を西郷が実行したら大きな事業ができると言っている。ここから推測しても思想と実行の分業というのは、可能性としてありうるのだと思われる。

■作成日:2023年10月3日

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