現代日本における「戦略的累積効果」

現代日本に必要な弾み車を再度図示する。

『ビジョナリーカンパニー 弾み車の法則』から引用する。

優れた弾み車の力を侮ってはならない。とりわけ非常に長い期間にわたって勢いを蓄積したときの威力は、途方もないものになる。ひとたびまっとうな弾み車を構築できたら、何年、何十年もその刷新や拡張を続けていくべきだ。意思決定のうえに意思決定、行動のうえに行動、回転のうえに回転を積み重ねる。ループを完了するたびに、効果は蓄積していく。ただこれを最善のかたちで実現するには、自社固有の弾み車がどのようなつくりになっているかを理解する必要がある。あなたの会社の弾み車がアマゾンとそっくり同じであることはまずないが、同じレベルの明確さとロジックの健全さは必須である。

ジム・コリンズは「ループを完了するたびに、効果は蓄積していく。」と述べている。別の個所では「戦略的累積効果」とも述べている。現代日本の弾み車も左上の真理の蓄積のループも回転ごとに効果は蓄積していく。

『ビジョナリーカンパニー 飛躍の法則』から引用する。

飛躍の過程をみていくとき、何度も頭に浮かぶ言葉のひとつに「一貫性」がある。もうひとつの言葉は、物理学者のR・J・ピーターソン教授に教えられた「干渉性」「コヒーレンス」である。「1足す1はいくつだろう」。教授はこう問いかけておき、効果を狙った。「四だ。物理学には干渉性という概念があって、複数の要因が互いに強め合うことがある。弾み車の章を読んでいるとき、干渉性の原理が頭から離れなかった」。どのような言葉で表現しようと、基本的な考えは変わらない。全体の各部分が互いに強め合って統合されたシステムになり、部分の合計よりもはるかに強力になっているのだ。長期にわたって一貫性を保ち、何世代にもわたって一貫性を保ってはじめて、業績を最大限に伸ばすことができる。

「一貫性」とはすぐれた弾み車が一貫した構造を持っていることを示す。ネルヴィという建築家の言葉が『ビジョナリーカンパニー 弾み車の法則』の冒頭で引用されてる。

美は装飾的効果ではなく、構造的一貫性から生じる。

「干渉性」とは弾み車の何千万回、何億回もの回転が、互いに強め合うことを指す。「コヒーレンス」である。部分の総和より全体がはるかの大きくなる。これは複雑系科学でいう「創発」に似ている。wikipediaでは創発は「部分の性質の単純な総和にとどまらない性質が、全体として現れることである。」とある。弾み車の干渉性は明らかにそれと似ている。

『ビジョナリーカンパニー 弾み車の法則』から引用する。

良い会社から偉大な会社への飛躍とは、たった一つの決定的行動、壮大な計画、驚異的イノベーション、幸運、あるいは奇跡の瞬間がもたらすものではない。それはむしろ巨大な重い弾み車を回し続けるようなものだ。

次の言葉もある。

真に偉大な会社において、成功をもたらす要因が特定の事業、製品、アイデア、あるいは発明であることはまずない。それはきちんと考えられた、根底にある弾み車のつくりである。弾み車を正しく設計し、そのうえで刷新や拡張を加えることで、すくなくとも10年、たいていはそれよりはるかに長い期間にわたって事業を正しい方向に導き、勢いを強める効果が期待できる。

『グロービスMBA経営戦略』に次の言葉がある。

持続的な優位を築くことが極めて重要だということである。ちょっとしたアイデアや偶発的な施策が奏功してたまたま成果を上げたとしても、それがすぐに競合に模倣されるようであればあまり意味がない。たとえば、日本のテレビの民放局では、20時57分や21時54分といった中途半端な時間から始まる番組が多い。これはあるテレビ局が最初に実施したときには奇抜なアイデアで、それまで見ていた番組からそのまま次の番組を見てもらい、他局の番組にチャンネルを変えられるのを防ぐうえで有効な施策であったが、競合がまねをするのは容易である。事実、他局もすぐに追随するようになった。こうした持続的優位につながらない単発的な施策は、戦略とは呼べない。もちろん単発でもそうした施策を考え、実行することは大事であり、企業としてしっかり取り組むべきものではあるのだが、戦略そのものではないという意味である。

これも似たようなことを述べている。

現代日本の経済の復興も同様である。日本経済の復興はすぐれた人が5人出るとか、優れた会社が2,3現れるという問題ではない。もちろんそれは大事である。すぐれた人が出ること、優れた会社が現れることの積み重ねが日本経済の復興そのものですらある。しかしその根底にすぐれた弾み車が何千万回、何億回も回転するということがないと、持続的な成長にはならないはずである。その弾み車があったうえで、すぐれた人、すぐれた会社の出現が重要になってくるのである。そうでないと優れた会社が出ても一時的な成長で終わってしまう。時間がたてば「むかしそんなすぐれた会社が日本にもあったよね」というむかし話になってしまう。

■2024年1月9日追記。

アリストテレス『ニコマコス倫理学』の第一巻に次の言葉がある。幸福について述べた箇所である。

一羽の燕が春をもたらすのではなく、ひとつの天気の良い日が春をもたらすのではない。同じように祝福された人生、幸福な人生というのは、一日の幸せや短期間の幸福によるものではない。

燕は春にやってくるが、一羽の燕が来たからと言ってすぐ春になるわけではない。一日暖かい日があったからと言ってすぐ春が来るわけではない。春が来るためには地球と太陽の関係と言う根本的構造が必要である。一日幸せな日があったからと言ってその人の人生が幸せだったと言えるわけではない。同様に日本の経済復興もひとりのすぐれた人が出たからと言ってすぐに復興するのではない。もしくはひとつのすぐれた会社が出たからと言って復興するのではない。弾み車と言う根本構造が必要である。つまり弾み車を回す日本人ひとりひとりの力、全員の力が必要なのである。

■追記終り。

『孫子』勢篇に次の言葉がある。

書下し文
故に善く戦う者は、之を勢いに求めて、人を責めず。故に能く人を釋てて勢いに任ず。勢いに任ずる者は、その人を戦わしむるや、木石を転ずるが如し。木石の性、安なれば則ち静かに、危なれば則ち動き、方なれば則ち止まり、円なれば則ち行く。故に善く人を戦わしむるの勢い、円石を千仞の山に転ずるが如きは勢いなり。

現代語訳
戦に巧みな者は、勢いに力を求めて、人にそれを求めない。人をあてにせず勢い任せる。勢いに任せる者が、人々を戦わせる有様は、巨木や岩を転がすようである。木や岩の性質は、平地に置けば静止しているが、危地に置くと自然に転がり動く。四角であれば静止しているが、丸いならば転がり動く。人を巧みに戦わせるものは、丸い岩が高い山から転がり落ちるような勢いである。

現代日本の経済の復興も同様であると言える。人より勢いが重要である。しかし私は孫子とは少し意見が違う。私は人に期待するのは非常に大切であると思う。しかし確かに孫子の言う通り、弾み車が回転し、木石を高い山から転がすような勢いが生じることがその前に必要である。その勢いがあると、すぐれた人や会社が出てきたときに、持続的な成長につながる。勢いがないとすぐれた会社がでても一時的な効果で終わってしまう。勢いがあれば、すぐれた会社が出ることがさらに非常に重要になり、さらに効果的になる。

もちろんそれは現代日本の弾み車が仮にうまくいった場合である。そもそもその実現のために必要な第一歩である「生きた思想」がまったくできていない。だから夢のまた夢ではある。

■作成日:2023年10月16日

続きは現代日本における「効果的作用点」をご覧ください。

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