失敗からの創造

セレンディピティという言葉があるらしい。失敗が原因で有用な発明が生じることを言う。右が引用元のリンク→リンク先。引用する。

酒所として有名な兵庫県「伊丹」に伝わる伝説です。400年以上前に、ある伊丹の造り酒屋に解雇された従業員が、その腹いせにその店の酒の酒桶(さかおけ)に灰を放り込むという嫌がらせをしました。酒屋は「困ったことしやがって」と頭を抱えます。 ところが翌朝、その酒桶をのぞいてみると、灰汁(あく)の効用で酒はきれいに透明になっていました。それまではにごり酒しかなかったのですが、「これはいい!」ということで清酒は伊丹の名産になりました。
アルフレッド・ノーベルが発明した「ダイナマイト」もある失敗から生まれました。ニトログリセリンは不安定ですぐ爆発する液体で、これを安定的に扱う方法を考えなければなりませんでした。ある日、ニトログリセリンを保管する容器が壊れ、ニトログリセリンが漏れてしまっていました。 大変に危ない状況ですが、容器の周りのケイ藻土にニトログリセリンが染み込み、混ざっていることを発見します。ここからニトログリセリンを安定的に扱う方法が見い出され、これがダイナマイトの発明につながったのです。

失敗は表面的に見ると失敗でありマイナスである。しかし失敗は見方を変えると予想外の進展でもある。プラスに転じる可能性がある。要は失敗はクラス3的であり、カオスに近い。伊丹の従業員が灰を酒に放り込んだのはランダムなパターンである。そして酒屋が酒を造る方法は定式化された常識でありクラス2である。失敗から清酒をつくる方法を定式化したのはクラス2とクラス3の混合でありクラス4である。やはり時間をずらして「規則的なパターンとランダムなパターンが共存」しているのが分かる。失敗による発見も疑似的天才なのだ。

進化において「突然変異」が大きな役割を果たすことが多い。キリンは昔、首が短かったけれど、「突然変異」で首の長いキリンが生まれた。首が長いことは高いところにある葉も食べれるので生存に有利だった。だから首が長いキリンは生き残り首の長い子孫をたくさん残しそれ以後キリンは首が長くなった。「自然淘汰」だ。「突然変異」と「自然淘汰」で生物は進化すると言われる。「突然変異」はある意味失敗である。元々持っていた正しい遺伝情報を保持するのに失敗したことが「突然変異」だからだ。しかしそれによって生物は進化する。これもセレンディピティの一種と言える。

ラーメンの話をする。読んでる人の中にはラーメンに詳しい人もいるだろうけれどそんなに詳しくない私に話を広い心で読んでいただきたい(笑)。私は生まれも育ちも現住所も九州北部である。だから豚骨派である。しかし醤油も味噌も塩も新しいラーメンも好きである。しかし九州北部の人は多くは豚骨派であり、醤油や味噌は好まない。豚骨鎖国の状態にある。

私は20年ほど前、東京に8年ほど住んでいた。東京の醤油は絶品だ。しかし東京に住んでいて驚いたのは、東京の人は醤油も好きだが、豚骨が好きというひともけっこうな割合でいる点だ。そして当時から豚骨醤油とかがあり、現在では色々なラーメンが現れている。 九州の正統派の豚骨ファンからすると豚骨醤油や塩豚骨は邪道である。私も最初嫌いだったが食べているうちに好きになった。現在は大好きである。

東京で驚いたのは福岡と違って色々なラーメンがある点だ。伝統を守る絶品のラーメンもあれば、新しい優れたラーメンもあり、豚骨と塩が融合したラーメンもあり、そこそこの味のラーメン屋もあり、なかには全然うまくないラーメンもある。

福岡のラーメンはクラス2的である。福岡には優れた豚骨ラーメンが多い。それは当然貴重だし、豚骨派の私が最も好きなラーメンはそういうラーメンである。しかし新しい動きは少ない。すでに完成された豚骨ラーメンの味を繰り返す。クラス2的なのだ。

それに対し東京は優れた伝統的な醤油ラーメンが存在しながら、同時に色々な実験的な動きがある。正直不味いラーメンもたくさんある。「規則的なパターンとランダムなパターンが共存」するクラス4的なのだ。そういう環境から新しいラーメンが現れる。

東京にいたころ「福岡のラーメンはレベルが高いが、新しいラーメンが現れるのは東京からだろう」と思っていたが、現在は実際そうなっている。福岡にもようやく新しいラーメンのトレンドの波が東京から押し寄せ、色んなラーメン屋が現れつつある状況だ。

ここで重要なのは一方で新しい実験は大事だが、他方で優れた伝統を守るラーメン屋も大事だという点だ。新しいラーメンをつくる人は「昔のラーメンなんて古くさい。オレのラーメンが新しいラーメンだ」と言って新しい境地を開拓していく。優れたラーメンの伝統を守る人は「新しいラーメンなんて一時的に流行っても結局伝統のほうが本当は優れているんだ」と言って伝統を守る。その両方があるからクラス4たりえるのだ。東京のラーメンは秩序とカオスが共存する。

現代アメリカもクラス4である。たくさんの新規企業が現れ実験が繰り返される。アメリカ人は言う。「伝統なんていらないんだ。我々はすべての伝統を捨ててアメリカに渡ってきた。だからこそ新しいものが作れるんだ。」と言う。しかし我々はアメリカ人の言うことを真に受けてはいけない。アメリカには非常に優れた強固な伝統がある。どこにか。大西洋の向こう側にだ。あの偉大なヨーロッパの伝統だ。アメリカ人のうち優れた人たちは必ずヨーロッパ旅行に行く。そしてモーツァルト、ベートーヴェン、ゴッホ、ルノアール・・ヨーロッパの文化人たちは非常に尊敬されている。アメリカ人はヨーロッパからインスピレーションを得て新しいものをつくっている。だから伝統と実験が共存する。「規則的なパターンとランダムなパターンが共存し、複雑なパターンを形成する」というクラス4が成立している。

イギリスの産業革命も同じだ。我々は産業革命と言えば蒸気機関や綿織物の機械など教科書に載っている発明を思い浮かべる。しかし堺屋太一によると、当時「寝ながらコーヒーを飲む機械」などどうでもいいような発明が沢山あったと言う。様々な実験が行われ、その中から優れたものだけが生き残っていった。

アフリカでの人類の発祥も同じだ。アフリカから人類の祖先の骨が発掘される前からダーウィンは人類がアフリカから発祥したと予測した。それはアフリカにチンパンジーやゴリラなど多様な類人猿が存在しているからだという。要は進化上の実験が繰り返された跡があるというのだ。チンパンジーやゴリラなどの多様な類人猿が現れたことは、人類が生まれるための進化上の試行錯誤である。チンパンジーやゴリラは人間になり損ねた連中なのだ。

私は就職氷河期世代である。フリーター世代は既存の秩序からはずれて日本に一種のカオスをもたらした。大学を中退した私もその典型。意識してはいなかったがある意味クラス4的になるつもりだったのかもしれない。何か価値あるものが生まれるかもと思っていた。が、あまりうまく行かなかった。本当に優れたクラス4をつくるのはそんなに簡単じゃないようだ。しかし同時に「いやいやまだまだこれからだ」と自分に言い聞かせてもいる。

堺屋太一氏が、「保守本流の非主流派はときに大きな革命を起こす場合がある」という趣旨のことを言っていた。保守本流は正しい伝統を受け継ぐクラス2である。これは非常に大事だ。そして正しい伝統を持たない人たちはクラス3の場合がある。それに対して「保守本流の非主流派」は場合によってはクラス4たりえるということだろうか。

以前twitterをやっていた。twitterは文字数制限があるので不便で、現在はnoteをやっている。twitterやnoteには当然だが色んな人がいる。単にフォロワーを増やしたいだけの人もいる。そういう人はフォロワー数は多いが、本当の読者はほとんどいない。その一方でフォロワーは少ないがキラリとひかる才能を持った書き手が確かにいる。フォロワーの数は関係ない。フォロワーが少なくても優れた人はいる。逆にフォロワーが多くてももちろん優れた人はいる。

フォロワーを増やすことだけに専念して内容はいまいちな人を批判する人もいる。確かにその通りだし共感はする。しかしこの状況は産業革命時のイギリスや人類発祥の時のアフリカに似ていなくもない。玉石混交の雑多な状況だ。クラス4に成りうる可能性がある。もっともうまく行くかは現段階では不明ではあるが。

セルオートマトンや自己組織化など、複雑系の科学は非常に興味深い。思想にとっては宝の山のような分野だ。複雑系の科学は自然科学である。物質や生命を扱う。それを思想に変えるにはその考え方を人文や社会の学問に応用しなくてはならない。複雑系の科学には新しい思想をつくるための種が沢山ある。この種を人文や社会の学問と言う畑に植えるだけで新しい思想が育ちそうですらある。

ある科学者は現代思想を批判して次のように言う。「現代英米哲学はトートロジーにすぎない。現代独仏哲学はアナロジーにすぎない。」トートロジーは意味がないかもしれないがアナロジーは意味がある。私が今回書いた文章も「カオスの縁」という複雑系の科学の概念を幕末やルネサンスなどの歴史や天才の心理学に単純に応用しただけだ。ただのアナロジーと言えなくもないが、全く無意味とは思えない。

本当はもっと詳しく複雑系の科学を学びたい。本当はイリヤ・プリゴジンの著作とかも読みたい。複雑系の科学を学ぶためには物理や化学、生物学などの基礎的な知識が欠落しているため現状では無理である。自分の知らない分野を学ぶにはどうも動画や本ではうまくいかない。実際にその分野に習熟した人の対面授業じゃないとだめだ。近所の大学で学びたいのだが時間が足りない。まだ何年か先になりそうだ。

長かった天才論もこれで終わりである。読んでくださった方、ありがとうございました。


■上部の画像はゴッホ

■このページを良いと思った方、
↓のどちらかを押してください。






■関連記事