道と無形

本末の話もそろそろ終わりに近づいた。そろそろまとめなのだがその前に少しわき道にそれる。中国思想における「無形」の考え方。

中国思想には道は一定の形を持たないとする思想がある。道は無形である。そして道を体現した聖人君子もやはり無形の思想を持ち一定の形を持たないとする。

『論語』為政篇に次の言葉がある。

書下し文
子曰く、君子器ならず。

現代語訳
孔子が仰った。君子は一定の形を持たない。

器は食器である。一定の形を持つ。しかし君子は無形である。だから器ではない。

『老子』第八章に次の言葉がある。

書下し文
上善は水の如し。道に近し。

現代語訳
最上の善は水のようだ。水は道に近い。

老子が水をほめているのは恐らく水が一定の形を持たない点を含んでいると思われる。新釈漢文大系では第八章に「易性篇」という題名がついている。「易性」とは形が変わる性質という意味。誰がこの題名を付けたかは私は知らないが適切な題名だと思う。

「君子器ならず」「上善は水の如し」を例をとって説明する。

ソフトウェア開発会社があるとする。仕事がたくさんあるが開発スタッフであるプログラマーが足りないとする。この場合スタッフが足りないのがこの会社のボトルネックである。スタッフを補充しないといけない。逆に仕事が足りず、スタッフが余っているとする。すると仕事が足りないのがボトルネックであり、仕事をもらってこなければならない。

分かりやすさを優先するために非常に単純化し内容を平板化して言うと、会社の足りないところを柔軟に補える人が「君子器ならず」であり「上善は水の如し」である。仕事が足りないときに仕事を持ってきて、スタッフが足りないときにスタッフを補充する人。

それに対し一定の形を持つ「器」の人というのは仕事を持ってくる事しかできない人であり、スタッフをつれてくることしかできない人である。仕事が余っていても仕事を持ってくることしかできないのでどんどん仕事を持ってき続ける。スタッフが余っていてもどんどんスタッフをつれてくる。ものすごく平板に書くとこうなる。

老子は道を「無状の状」=「形の無い形」と呼び、「大象は形なし」=「大いなる形には形がない」と述べている。天地の造化は一定の形を持たないというのである。

『老子』第一章に次の有名な言葉がある。

書下し文
道の道とすべきは常なる道に非ず。

現代語訳
言葉や行動ではっきりと示すことのできる道は常に当てはまる道ではない。

言葉や行動ではっきりと示せる内容は有形である。だから正しい場合もあるが常に正しいとは限らない。常に当てはまる道は無形であると述べている。

『老子』第二十三章に次の言葉がある。

書下し文
道に従事する者は道に同ず。

現代語訳
道に従う者は道と一体化する。

聖人や君子は道を体現する。道は無形であるから聖人の思想も無形である。

『孟子』離婁章句下に次の言葉がある。

書下し文
徐子曰く、仲尼しばしば水を称して曰く、水なるかな水なるかなと。何をか水に取れる。孟子曰く、源ある水はこんこんとして昼夜をおかず、穴を盈たして後に進み、四海に至る。

現代語訳
徐子が尋ねた。「孔子はしばしば水をたたえて「水だ水だ」と言いました。水にどのような良さがあるのですか?」孟子が仰った。「源のある水はこんこんと湧き出て昼も夜も休みなく流れ、穴があればそれを盈たして進んでいき大海に至るからだ。」

源がある川は根本を備えておりどんどんあふれてくる。水源が根本である。根本たる徳のある君子と同じだと言う。徳ある君子からは善いことがどんどんあふれてくる。そして根本から末端に至る物事の流れは自然な力が働く自然な流れである。川の水が上から下にどんどんと流れていく様子も自然な力が働く自然な流れであり、両者は似ている。さらに昼も夜も休まないのが君子が常に努力を惜しまないのに似ている。そして穴があればそれを盈たして進む。

「穴を盈たして進む」というのは解説がいる。無形の水が君子である。水が流れていく地形がその君子がおかれた時代状況である。君子も生まれる時代は選べない。そして君子はそのおかれた時代状況に合わせて柔軟に問題を解決していく。それは水が地形に合わせて形を変えながら進んでいくのに似ている。穴がその時代特有の問題点であり、水は穴を盈たして進む。君子がその時代の問題を柔軟に解決しながら進んでいくのに似ている。

そして最後に「四海に至る」とあり天下に泰平をもたらすという意味だろう。

もちろんそこまで完全に無形で柔軟な思想を持つ人物はいない。あくまで理想を述べているに過ぎない。しかし理想を述べたほうが単純化され分かりやすい。それで思想はこういう言い方をする。実際の歴史では無形の人間はいないが無形に近い人は時々存在する。

『三国志』劉表伝引注『傅子』に次の韓嵩の言葉がある。

書下し文
聖は達節し、次の者は守節す。嵩は守節する者なり。

現代語訳
聖人は時代に合わせて柔軟に対応し、その次の人物は自分の信念を貫きます。私は自分の信念を貫く者です。

もちろん「時代に合わせて柔軟に対応する」とは言っても風見鶏のような悪い意味での臨機応変ではなく、自分の信念を貫いて且つ時代に合わせて柔軟に対応するという非常に難しいことができるのが聖人だと言っている。それは我々凡人には無理。我々は自分の信念を貫くのを目指す。

無形の思想を以って天下を治めるのは聖人君子だが戦争でも中国思想は無形を重んじる。『孫子』虚実篇に次の言葉がある。

書下し文
兵を形するの極は無形に至る。無形なれば則ち深間も窺う能わず、智者も謀る能わず。故にその戦い勝つに再びせずして形を無窮に応ず。

現代語訳
軍勢の形をとる極致は無形になる。無形であれば深く潜入した敵の間者もこちらの作戦を窺うことができず、敵の智者も対策を立てられない。だから戦いでは同じ勝ち方を繰り返したりせず、敵の形に応じて窮まりが無い。

もちろんこれは理想を述べており完全に無形になり変幻自在に無窮に応じるというのはできるものではない。 同じく虚実篇に次の言葉がある。

書下し文
攻めて必ず取るはその守らざるを攻めればなり。守りて必ず固きはその攻めざるを守ればなり。故に善く攻める者は、敵その守る所を知らず。善く守る者は、敵その攻める所を知らず。微なるかな、微なるかな。無形に至る。神なるかな神なるかな。無声に至る。故に善く敵の司命を為す。

現代語訳
敵を攻撃し敵の拠点を奪えるのは敵が守らないところを攻めるからである。味方が守備して固く守り通すのは敵の攻撃しないところを守るからである。攻撃に巧みな者には、敵はどこを守っていいか分からない。守備に巧みな者には、敵はどこを攻撃していいか分からない。微妙、微妙、最高の形は無形になる。神秘、神秘、最高の音は無声になる。それにより敵の運命の主宰者になれる。

最高の形は無形になると指摘している。水は無形である。孫子は水にも言及している。同じく虚実篇から引用する。

書下し文
夫れ兵の形は水に象る。水の形は高きを避けて低きに赴き、兵の形は実を避けて虚を撃つ。水は地に因りて流れを制し、兵は敵に因りて勝ちを制す。故に兵は常勢無く、水は常形無し。能く敵に因りて変化し、而して勝ちを取る者、之を神と言う。

現代語訳
軍の形は水の形のようである。水は高い所を避けて低いところに流れ、兵は敵の充実したところを避けて隙のある虚を攻撃する。水は地形に応じて形を変えて流れるが、兵は敵の状況に応じて形を変えて勝利する。軍には決まった勢いがなく、水には決まった形がない。敵に応じて変化しそして勝ちを得る者これを神妙と言う。

水は岩などの充実した「実」を避けて、岩の間の空間である「虚」に流れていく。兵も同じだという。水は地形に応じて形を変えて流れていく。軍も敵の実情に合わせて形を変えて勝利する。

さらに『孫子』虚実篇から引用する。

書下し文
形に因りて勝を衆に置く。衆知る能わず。人皆我が勝つ所以の形を知りて、吾が勝を制する所以の形を知る無し。

現代語訳
敵の形に従って変化し勝利し、多くの人たちがその勝ち方を見る。しかし人々はなぜ勝ったか知ることができない。人はみな私が勝った方法である有形の戦術を知ることはできるが、その勝利の元となる無形の思想を知ることはできない。

優れた戦術家は元々色々な状況に対応できる無形の思想を持っている。そして敵の状況などに応じて無形の思想が有形の形となって勝利する。有形の勝った方法は知ることができる。どのように軍を動かしどこを攻撃しどこを守備したかなど。しかしその有形の戦術のもとになる無形の思想は知ることができない。

『荀子』天論篇に次の言葉がある。

書下し文
皆その以て成る所を知るもその無形を知る無し。夫れ是を天功と謂う。

現代語訳
みなその具体的な結果を知るがその無形の思想を知ることができない。これを天の働きという。

孔明を例にとる。孔明には元々色々な時代状況に対応できる無形の思想がある。しかし生まれた時代や地域で与えられた状況は特定の状況であり有形である。その有形の状況に無形の孔明の思想が対応すると有形の事績が残る。水は無形だが水が流れる地形は有形である。水は有形の地形に合わせて流れていくので水の流れた迹は有形となる。それと同じ。

孔明の有形の事績は誰にでも追えるが、孔明の無形の思想を捉えるのは必ずしも簡単ではない。孔明を理解するにはその有形の事績から遡って無形の思想を捉えないといけない。孔明のような天才と言えど何もないところからは思想はつくれない。彼もそれ以前の中国の思想から学んでいるのは明らかである。孔明を知るには中国思想を知る必要がある。

孔明については色んなところで少しづつ書いているがまとめて書いていないのでそのうち書いて楽天koboあたりで出版しようかと思う。

蔡沈『夢奠記』に次の言葉がある。

書下し文
天地は万物を生み、聖人は万事に応ず。

聖人がすべての物事に対応できるのは無形だからである。

無形について書いてきたが実際の仕事で無形の応ずるというのは難しい。小さい規模であればできる場合もあるが多くの場合は不可能である。我々は万事に応じる聖人ではない。ではどうすればいいか。一つの方法が私がずっと述べている本末の流れを考える方法である。

『大学』から再度引用する。

書下し文
物に本末あり。事に終始あり。先後するところを知れば、すなわち道に近し。

現代語訳
物には根本と末端があり、事柄には始めと終わりがある。どれが先でどれが後かを知れば、道を知るに近い。

「道を知る」というのは無形に応じるということである。無形の応じられればどんな問題も柔軟に解決できる。しかしそれは凡人には難しい。しかし本末を知るのは凡人でもできる場合が多い。どれが先でどれが後か、どれが本でどれが末か、それを知ればそれなりに色んな問題に対応できる。であるから「道を知るに近い」というのである。

本末の流れを確認しどこがボトルネックになっているかどこが足りていないかを考え、ボトルネックを補えばそれなりに問題は解決する。

劉備の生涯で「人徳」→「人材」→「土地」→「財産」→「大業」の本末の連鎖はすでに解説した。劉備は「人徳」を備えていたが、次の「人材」のステップにたどり着かなかった。誰が優れた人がいて、「人材の段階で滞っています。これがボトルネックですよ。」と教えてあげればもっと違う結果になったろう。

例えば海外の途上国の援助においてもちろん食料や飲み水なども大切だが、最も根本は教育が足りていない点だというのは私には分からなくもない。教育があれば自分で自分を助けることができる。自助努力ができるようになる。教育という根本を充実させれば後は自然な力が働き地域は良くなっていくというのは理解できる。

<<追記>> ここからは若干難しくなるので書くかどうか迷っていた。元々書いてなかったが追記しておく。分かりづらいのは私の考えがまとまっていないからかもしれない。よく分からないよと言う人は次の記事まで飛んでいただければと思う。ここが分からなくても全体の理解に支障は全くない。次の記事→本末分析の具体例追加

『孫子』勢篇に無形の軍がどのようにして生まれるかの記載がある。

書下し文
凡そ戦いは正をもって合い奇をもって勝つ。故に善く奇を出す者は窮まり無きこと天地の如く、尽きざること江河の如し。終わりてまた始まるは日月これなり。死してまた生じるは四時これなり。声は五に過ぎざるも五声の変はあげて聴くべからず。色は五に過ぎざるも五色の変はあげて観るべからず。味は五に過ぎざるも五味の変はあげて嘗むべからず。戦勢は奇正に過ぎざるも奇正の変はあげて窮むべからず。奇正の相生じること循環の端無きが如し。誰か能くこれを窮めん。

現代語訳
およそ戦いは定石通りの正法で敵と互角にもっていき、さらに状況の変化に適応した奇法で敵に打ち勝つ。よって巧みに奇を次々に出す者は、その変化は天地のように窮まりがなく、長江黄河のように尽きることが無い。沈んでもまたのぼってくるのは太陽と月である。一度死んでもまた生まれてくるのが四季の循環である。音は五種類しかないが、その組み合わせの変化は限りなくあって聴き尽くすことはできない。色は五種類しかないが、その組み合わせの変化は無限にあって全てを見尽くすことはできない。味は五種類しかないがその組み合わせの味の変化は全てを味わい尽くすことはできない。戦いは奇と正にすぎないがその組み合わせの変化は無限にあり窮め尽くすことはできない。奇と正が互いに生じ合うのは円に端が無く廻り続けるようなものである。誰がそれを窮めることができるだろうか。

「戦いは正をもって合い奇をもって勝つ」。戦いは「正」=「定石通りの正攻法」でまず相手と互角の状況に持って行く。そこからさらに状況に応じた「奇」=「奇策」を打ち出すことで敵に勝つことができる。

「声は五に過ぎざるも五声の変はあげて聴くべからず」。私は古代中国の音楽論に詳しくないが、新釈漢文大系によると古代中国では音は「宮・商・角・徴・羽」の五つの音階があるという。音階は五つしかないがそれらが組み合わされてできる音楽は無限にある。全ての音楽を聴き尽くすことはできない。自然の音も無限にある。

「色は五に過ぎざるも五色の変はあげて観るべからず」。古代中国では基本となる色は「青・赤・白・黒・黄」の五色である。しかしその組み合わせは無限にあって様々な絵画が描かれる。全ての絵画を見尽くすことはできない。自然の色も無限にある。

「味は五に過ぎざるも五味の変はあげて嘗むべからず」。中国では味は「酸・辛・鹹・甘・苦」の五種類である。酸はすっぱい。辛は唐辛子的な辛さ。鹹は塩辛い。甘はあまい。苦はにがい。しかしその組み合わせが無限であって様々な料理が作られる。すべての料理を食べ尽くすことはできない。自然の食材も無限にある。

同様に「戦勢は奇正に過ぎざるも奇正の変はあげて窮むべからず」。戦いは奇と正の二種類しかないが、その組み合わせは無限にある。全ての戦いの変化を知り尽くすことはできない。よって「窮まり無きこと天地の如く、尽きざること江河の如し」となりその変化は天地の造化のように行き詰ることがなく長江黄河のように尽きることもない。

「終わりてまた始まるは日月これなり。死してまた生じるは四時これなり。」太陽や月は沈んでもまたのぼってくる。四季の循環は冬になり植物がいったん死んでも春になればまた生じてくる。太陽と月、四季の循環は円を描くかのようである。

「奇正の相生じること循環の端無きが如し」。戦いにおいて奇正が生じ合うのも円を描くように循環し端がない。端っこが無い。

以上が無形の軍が生じる理論的な描写である。奇と正の組み合わせである。同じく勢篇から引用する。無形の軍のイメージ的な描写である。

書下し文
紛紛紜紜として闘い乱れて乱すべからず。渾渾沌沌として形円にして破るべからず。

現代語訳
軍の形が戦いにおいて外側は入り乱れているが、軍の内側を乱すことはできない。軍の形は円をえがいているようで敵はこちらを破ることができない。

ここは非常に訳しづらい。「紛紛紜紜」「渾渾沌沌」あたりが漢文特有の表現で日本語にしずらい。上手く訳せないので解説する。まず「紛紛紜紜」だが藤堂明保の漢和辞典によると「紛」=「小さいものが入り乱れるさま」「紜」=「物が多く入り乱れているさま」とある。戦いにおいて味方の軍は有形の陣形は一見入り乱れて外見上は乱されているようだが、無形の秩序は乱されておらず、内側を乱すことはできない。無形の軍は乱そうと思えば一見乱せそうである。しかし本当は乱すことはできない。

例えば私の目の前にある陶器のコップは有形である。ハンマーでたたけば完全に粉々にすることができる。それに対して川が流れているのを思い浮かべてほしい。川の水は無形である。川の水をハンマーでたたけば表面上は乱れる。しかしすぐに元の秩序、元の川の流れに戻る。手で川の水をかき乱しても確かに乱れるがすぐに元の秩序に戻る。同様に無形の軍は表面上乱すことができるが本当に乱すことはできない。

同じく勢篇に次の言葉がある。

書下し文
乱は治より生じ、怯は勇より生じ、弱は強より生じる。

現代語訳
外の乱れは内が治まっているからそれをなし得るのであり、外の臆病は内に勇気があるからそれをなし得るのであり、外の弱さは内に強さがあるからそれをなし得るのである。従って乱れは治まることから生じ、臆病は勇気から生じ、弱さは強さから生じる。

この訳は新釈漢文大系の訳である。分かりやすいので引用した。

無形の軍が外見上乱れることができるのは内側が治まっているからである。内側が治まっていなければ外側が乱れた瞬間内側も崩壊してしまう。有形の陶器のコップにひびが入ると全て崩壊する。無形の川の水が乱れても大丈夫なのはその川の流れをつくる秩序は崩壊していないからだ。それで「乱は治より生ず」と言うのである。

同様に外側の臆病は内に勇気があるからなし得る。外側が臆病で内側も臆病であれば単なる臆病になってしまう。外の弱さは内に強さがあるからというのも同様である。

元の文章に戻る。もう一度引用する。

書下し文
紛紛紜紜として闘い乱れて乱すべからず。渾渾沌沌として形円にして破るべからず。

現代語訳
軍の形が戦いにおいて外側は入り乱れているが、軍の内側を乱すことはできない。軍の形は円をえがいているようで敵はこちらを破ることができない。

続いて「渾渾沌沌」だが、「渾」=「分化せずに全体がぼんやりととけあっている様子」「沌」=「水がぐるぐるめぐってどんよりとにごったさま」とある。全体がとけあってぐるぐると円をえがくようにめぐる。敵は味方の軍を破ることができない。

無形の軍はぼんやりと円をえがくように動くという。これは無形を理論的に説明したのではなくイメージで説明している。論理的な説明が難しい。私もイメージ的にはなんとなく理解できるが少なくとも現段階で理論的には上手く説明できない。

思想は理論的に語られるがときにイメージで表現される場合もある。引用しないが『老子』第二十一章「孔徳の容は」からはじまる章にも道のイメージによる描写がある。イメージと言うと現代では単なる主観的なものと考えられる傾向にある。たしかに主観にすぎないイメージは非常に多くある。しかし優れた人は真理に近いイメージを持つことがある。孫子のこの箇所もその例である。もちろん偉人だけではなく我々普通の人間でもそれなりに正しいイメージを持つことはある。

アインシュタインが言った。「私は言葉で考えない。イメージに近いものによって考える。」孫子もアインシュタインも真理に近いイメージを持っていた人だろう。

このように書くのはある意味危険だ。イメージだけで考えれば事実と論理から乖離してしまい糸の切れた凧のようになる可能性もある。言葉で考えないというのは誰にでもできることではない。それにもちろんアインシュタインや孫子とて事実と論理は非常に重視していた。事実と論理にきちんともとづいたイメージを持っていたというべきだろう。

続きは本末分析の具体例追加をどうぞ。


■上部の画像は葛飾北斎

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