老子の長所と短所~老子を読む14

23.老子の長所と短所

 老子は非常に独創的な思想家であり、東西の思想という巨大山脈においても美しい名峰の一つだと思う。

 彼は聖人の持つ消極的側面を的確に言い当てている。聖人の消極的側面を彼以上に正しく言い当てた人物は他にいないと思う。

 もし後世に聖人が現れたとしてその人物が老子を読めば、その聖人はおそらく老子から影響を受け、世の中をよりよくするに違いない。 その意味で老子の思想は世界史的意義があると言える。

 しかし彼の欠点はやはり消極的側面しか言い当てていない点にある。聖人は積極的側面をも持つのであるから、老子は一面的と言わざるを得ない。 老子が偉大な思想家であるのは論を待たない。しかし思想書を読むうえで、偉大な人物が持つ欠点に影響されないようにするというのは非常に重要である。

 『大学』第四章に次の言葉がある。

書下し文
好みてもその悪を知り
悪(にく)みてもその美を知る者は
天下に鮮(すくな)し

現代語訳
好きな人物の短所を知り
嫌いな人物の長所を知る者は
天下においても少ない

 ゲーテに次の言葉がある。

努力する人間の困難な問題は、先輩の功を認め、
しかも彼らの短所に妨げられない点である
『格言と反省』

 我々は老子に学びつつもその欠点に目を伏せてはいけない。

 老子は実は危険思想である。老子の危険さはその偉大さとその思想の偏りが共存している点にある。 世の中をより良くできる偉大な人々が老子の思想に深い感銘を覚え、消極的側面を重視し積極的側面を無視する人物になってしまうからである。 偉大な人物たちが世捨て人になって世の中が良くなるはずはない。老子は世界を混乱に陥れる可能性があり、実際、一時期中国を混乱させたと言う人もいる。 他の時代であれば太公望や張良、荀彧のようになれたはずの人々が「清談」にふけり、世の中を良くしようとしなかったため、4世紀、5世紀頃、中国は混乱したと言われている。 当時の中国の歴史書を読むと実に暗い。

 老子の思想が偏っていても、もし老子が偉大ではなかったならば、少数の平凡な人々が老子に従っただけだろうから、その害は小さかったはずである。 逆に、もしその思想が偏っていなかったら、老子は偉大であるため、彼は人々の良き手本となり世界はより良くなったはずだと私は考える。

 伊藤仁斎の『童子問』に次の言葉がある。

 老荘の害、士庶人の輩これを好むときは、則ち必ず礼法をにくみ、拘儉を厭ふ。故に業を落し家を破るに至って止む。これ害の小さきなる者なり。 もしそれ大人これを好むときは、則ちその害、国家、天下に及び、人心日に傷れ、風俗日に壊れ、乱亡ついで至る。畏れざるべけんや。

 偉大な人物が老子の偉大さに心酔してしまう可能性があり、老子の短所まで見習うようになれば、その害は天下に及ぶと仁斎は述べる。

 老子は偉大な思想家だが、偏っていて短所があるという点を我々は忘れてはならないのである。老子の短所をしっかり認識していれば、 我々は老子からその偉大な思想を学びながらも、その危険さを避け得るのである。

続きは付論 イチローとWBC~老子を読む15をご覧ください。

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