スティーブ・ジョブズに次の言葉がある。
君たちの時間は限られている。だから、他人の人生を生きて時間を無駄にしてはいけない。ドグマにとらわれないでほしい。それは他人が考えた結果に従って生きることと同じなんだ。他人の意見という雑音で、君たち自身の内なる声がかき消されてしまってはいけない。そして何より大切なのは、自分の心と直観に従う勇気を持つことだ。自分の心と直観は、自分が本当は何になりたいのか、どういうわけかすでに知っている。他のことは二の次で構わない。
非常に含蓄のある言葉である。一文字も無駄がない。
自分が本当は何になりたいか、自分の内なる真理に従うということである。どういうわけか、直観は自分の中の内なる真理を知っている。他人の声ではなく、自分の直感に従えとジョブズは言う。
私は大学を中退している。大学に残って哲学の教員として生計を立てるつもりだった。しかし大学院を目指す年齢が近づくにつれ、「何か違うぞ」と思うようになった。大学に残ると自分が本当にしたい哲学ができなくなる気がした。私の直感がそう言ったのである。
youtubeである人が「自分はこうだ、というのがあると、他人との差異化のゲームにはまっていく」と言っていた。自分は人文系のさらに中国思想に属している、というアイデンティティがあると、「西洋思想研究家があれやっているから、自分は別の道を行こう」「インド思想研究家が中国思想を批判するから、それに対抗しよう」などどんどん他人との差異化のゲームにはまっていく。ノイズにはまっていく。他人の声に反発するのも、自分の奥深い声に従わなくなるという点で他人の声に従うのに似ている。
私は大学を中退した。どこにも属さないことでノイズは完全にキャンセルされた。しかし出世の道もほぼ完全に閉ざされた。それが正しかったかは未だに分からない。しかし大学に残っていたら、自分が本当にやりたい哲学はできなかったはずである。
松下幸之助『道をひらく』に次の言葉がある。
自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。どんな道かはしらないが、ほかの人には歩めない。自分だけしか歩めない、二度と歩めぬかけがえのないこの道。広い時もある。せまい時もある。のぼりもあればくだりもある。坦々とした時もあれば、かきわけかきわけ汗する時もある。
この道が果たしてよいのか悪いのか、思案にあまる時もあろう。なぐさめを求めたくなる時もあろう。しかし、所詮はこの道しかないのではないか。
あきらめろと言うのではない。いま立っているこの道、いま歩んでいるこの道、ともかくもこの道を休まず歩むことである。自分だけしか歩めない大事な道ではないか。自分だけに与えられているかけがえのないこの道ではないか。
他人の道に心をうばわれ、思案にくれて立ちすくんでいても、道はすこしもひらけない。道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。心を定め、懸命に歩まねばならぬ。
それがたとえ遠い道のように思えても、休まず歩む姿からは必ず新しい道がひらけてくる。深い喜びも生れてくる。
この言葉はスティーブ・ジョブズと同じことを述べている。
松下幸之助『日々のことば』から引用する。
名誉や世間の評判にとらわれず、「笑わば笑え、自分は正しい道を行くんだ」というほどの強さを持ちたい。
これも同じことを述べている。
『菜根譚』に次の言葉がある。
書下し文
道徳に棲守する者は一時に寂寞たり。権勢に依阿する者は、万古に凄涼たり。達人は物外の物を観て、身後の身を思う。むしろ一時の寂寞を受けるも、万古の凄涼を取ることなかれ。
現代語訳
真理を自分の住処とする者は、一時的に不遇に陥るが最後には長く良き名が残る。権力におもねる人は、一時的に栄達するが、最後には永遠の汚名を残す。すぐれた人は世俗を超えた真理を観て、死んだ後の名を思う。真理に従って仮に一時的な不遇を受けたとしても、他人におもねって永遠の汚名を残すことはあってはならない。
松下幸之助『日々のことば』から引用する。
正しい道は必ず認められる。一時誤解されることがあっても、長い間にはその正しさが証明されよう。
これも同じことを述べている。
『孟子』尽心章句上に次の言葉がある。
書下し文
士は窮しても義を失わず、達しても道を離れず。窮しても義を失わざるが故に、士己れを得て、達しても道を離れざるが故に民望みを失わず。古の人、志を得れば、沢民に加わり、志を得ざれば身を修めて世に現る。窮すれ則ち独りその身を善くし、達すれば則ち天下を兼ね善くす。
現代語訳
真理に従う人は困窮しても真理を捨てず、志を得ても真理から離れてしまうようなことはない。困窮しても真理を捨てないから、自分自身の初志を貫徹することができるし、志を得ても真理から離れないから、みんなのためになることができる。昔の真理に従った人は、志を得れば人々の助けになることができ、志を得ないときは、自分自身を修養してその後に世の中に現れた。困窮すれば独り自分を磨き、栄達すれば皆で天下を善くする。
名文である。「窮すれ則ち独りその身を善くし、達すれば則ち天下を兼ね善くす。」の対句が特に有名である。
人は自分の内なる真理を守るがゆえに困窮することがある。困窮のあまり真理を捨ててしまう人もいる。しかし本当に真理に従う人は真理を捨てない。逆に志を得て出世すると、それでもう十分だと思ったり、思い上がったりして、真理から離れてしまう人もいる。しかし本当に真理に従う人は真理から離れない。困窮しても真理を捨てないから初志貫徹できる。出世しても真理から離れないから、やっと得た影響力を使って人々の役に立てる。
困窮すればそれを試練として独り自分自身を善くする。栄達すればそれを好機として皆で天下を善くする。
多くの人が反対するからと言って、自分の主義を捨てない。多くの人が賛成するからという理由で、自分の主義が正しいとは信じない。
多くの人が反対したら、その反対意見に耳は傾ける。しかしそれでも自分が正しければ自分の主義を捨ててはいけない。多くの人が賛成すれば、自分の思想が伝わったのだと思う。しかしそれでもどこか間違えているところはないか、と確認することを止めない。他人のことばより真理を見つづける。
■作成日:2024年11月29日
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■上部に掲載の画像は山下清「ほたる」。