私がつくった言葉に次の言葉がある。
本当の名誉は真理からしか生まれない。それ以外は時とともにやがて消える。それを知れば、欲は真理に仕えるようになる。
本当の幸福は道徳からしか生まれない。それ以外は一時的な快楽で終わる。それを知れば、欲は道徳に従うようになる。
すぐれた人にも欲はある。しかしすぐれた人は真理が本当の名誉であり、道徳が本当の幸福だと知っている。真理以外はやがて消えてしまうと知っている。欲望を満たすのは一時的な快楽だと知っている。だから名誉を求める彼の欲は真理に従うようになる。幸福を求める彼の欲は道徳に従うようになる。私欲が公欲にかわる。
画家であれば名誉を得たいと思っていた私欲が、すぐれた絵をかこうという公欲にかわる。起業家であれば金が欲しいと思っていた私欲が、すぐれた事業をしようという公欲にかわる。
私欲が公欲にかわると、人は本当の真理を求めるようになり、最終的に本当の名誉を得られるようになる。本当の道徳を体現しようと思うようになり、その結果本当の幸福を得られるようになる。
本当の真理を実現した人が本当の名誉を得る。これほど当たり前のことはない。この当たり前が人はなかなかできない。小手先の見栄やハッタリで栄誉を得ようとする。一見当たり前に見える当たり前ではない叡知が儒教の特質である。
私欲が公欲になってもちろん私欲は残る。人によってはあまり私欲が公欲に転換しない人もいるだろう。さらに言うと私欲を無理になくそうとはしてはいけない。無理になくそうとすると私欲というものはいびつな形になって反抗してくる。病的なかたちをとって再来してくる。私利私欲はある。それを節制はしても無くそうとはしない。しかし何か行動を決断する際、私欲には従わないのである。公欲に従う。
『言志後録』に次の言葉がある。
書下し文
心を霊と為す。その条理の情識に動く、これを欲と謂う。欲に公私あり。情識の条理に通ずるを公と為し、条理の情識に滞るを私と為す。自らその通滞を弁ずる者は、則ち心の霊なり。
現代語訳
心は霊妙なものである。理性が感情によって動くのを欲と言う。欲には公欲と私欲がある。感情が理性に従っているのを公欲と言い、感情が理性に従っていないのを私欲という。その違いを分かつものは心の霊妙さである。
やはり公欲と私欲の違いがあると述べている。
イーロン・マスクに次の言葉がある。
テスラの目標は一流ブランドになることでも、ホンダ・シビックと張り合うことでもない。正しくは電気自動車への移行を推し進めることだ。車業界全体が電気自動車一色になるまで、さらに多くの電気自動車を作って価格を下げ続けていく。
テスラが10年前の創業時に立てた目標は今も変わっていません。その目標とは「大衆向けの魅力的な電気自動車をできるだけ早く市場投入し、持続可能な輸送手段の普及を加速させる」ことです。
イーロン・マスクのテスラの目標は自動車を売ることではなく、電気自動車を普及させることで環境問題を解決することにある。金が最終的な目的ではないのだ。真理の実現が目的なのである。もちろん彼にも名誉と利益を求める欲はあるだろう。しかし本当の名誉は真理を実現することでしか得られないと知っているため、金以上に真理の実現を重視しているのである。
ジェフ・ベゾスに次の言葉がある。
私の出発点は使命です。
イーロン・マスクもジェフ・ベゾスも欲が公欲となっているのが分かるだろう。
不良少年をボクシングで更生させるという方法があるという。不良少年はそのエネルギーを持てあまし、エネルギーが悪い方向に向かっているのである。そのエネルギーをボクシングという正しい方向に向けさせるのだという。少年は試合に勝つために努力をする。これも不良少年の私欲を公欲にかえる例だと言える。
さらに不良時代には社会のルールなどを破っていたのだが、ボクシングという正しいルールがある競技をさせることで、ルールに則らせ、正しい方向にエネルギーを向かわせるのだという。
『言志晩録』に次の言葉がある。
書下し文
游蕩の子弟も、また棄つ可きに非ず。学問修為を慫慂するは、即ち悔悟の法なり。一旦悔悟すれば、旧悪は追う可からず。況やその無頼を為すも、また才に出ずるをや。才は即ち為す所有り。
現代語訳
不良の少年も、見捨てたものではない。その少年に学問や修養を勧めるのは、悔いて悟らせるためである。ひとたび悔いて悟れば、以前の悪い行いは追求してはいけない。その少年が悪いことをしたのも、才能があるからである。その才能はいずれ何かすぐれたことを為すであろう。
これも同じことを述べている。不良少年の私欲を公欲にすることができれば、そのエネルギーを生かせるという。
松下幸之助『日々のことば』に次の言葉がある。
欲望は人間の生命力のひとつのあらわれ。それを善く使うか悪く使うかは、人間の心次第である。
欲望はエネルギーである。私欲を公欲に昇華できれば、善い方向に使うことができる。同じく松下幸之助『人生と仕事について知っておいてほしいこと』に次の言葉がある。
私は、人間の欲望というものは生きる力であるから、これを抑える必要はない、善導することは必要であるとしても、欲望そのものは、決してなくするということを考えたらいかん、欲望は適当に培養しないといかんと、かように思うんです。そういうところに政治の要諦もあれば、また商売の要諦もあるし、会社の経営の要諦もある。ひとつの集団なら集団のまとめは、その欲望の与え方、満足のさせ方ですな。欲望の与え方が適切でなければならんということは、これはいえますけども、さらに満たし方、戒め方が適当であれば、いかなることでもできると思うんです。
欲望はエネルギーである。松下は欲望を抑えるより、欲望を正しい方向に導くことが大事だと言う。「欲望の与え方」が大事だと言う。それは真理の実現を目標にするように欲望を与えるということである。「欲望の満足のさせ方」が大事だと言う。それは真理を実現することで正しい名誉と利益を得させて、欲望を満足させるという意味である。「欲望の戒め方」が大事と言う。それは正しいルールや法、人として正しいあり方に則って欲を戒め、公欲を追求するという意味である。私個人としては、私欲をすべて公欲にするのは難しいと思う。私欲はそれでも残るので、欲を節制・抑制するというのは必要だと思っている。欲を戒める必要はある。
■作成日:2024年5月30日
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