一神教における精神の拡大

一神教における精神の拡大を論じる。 一神教においても精神の階層がある。図13を参照いただきたい。

一神教においては天使がおり、その上に神がいる。 であるから精神の拡大を続けていけば、一神教の世界観では修行者は天使にそして神に出会うはずである。

イスラム教の創始者ムハンマドは洞窟にこもっている間に天使ガブリエルに出会う。 これがムハンマドに起きた啓示の最初である。

井筒俊彦『マホメット』から引用する。以下「私」「預言者」というのはムハンマド=マホメット自身である。

ある晩、私がまどろんでいると、突然天使ガブリエルが布衣を手にして現れて、「読誦せよ!」と命じた。 「私には読めません」と私が答えると天使は手にした布衣をすっぽり私にかぶせて押さえつけたので、 私はもう息がつまって死ぬかと思うほどだった。しかし天使は私を放してまた「読誦せよ!」と命じた。 預言者はそれでもまだためらっていた。天使は預言者を再びさっきと同じ酷い目に合わせた。 ついにマホメットも「何を読誦するのでございましょうか。」と訊ねた。 すると天使はそれに答えて

読誦せよ。
創造したまえる汝の主の御名によりて。
主は人間を一滴の凝血より想像したまえり。
読誦せよ。
げに汝の主はこよなく仁慈のこころ厚くして 筆によりてもの書くすべを教え給えり。
人間に未知のことどもを教えたまえり。
人間に教えて以ってその蒙を解きたまえり。

と言った。 私ははっと目を覚ました。しかし天使の言葉はまるで私の心にくっきり書きつけでもしたかのように、残っていた。 私は洞窟の外へ出た。

引用の最後に「洞窟の外に出た」とあり、最初の啓示は洞窟の中での出来事だったという点が分かる。 修行者はときに洞窟にこもる。ムハンマドのみならず、空海や達磨も修業時代に洞窟にこもっている。

分かる人には分かるが、洞窟は山の気が充溢し、修行中に不足しがちな気を簡単に補充できるという利点がある。 現代の言葉でいえば、安っぽい表現になるが、パワースポットである。 私もお気に入りの洞窟がある。たまに出向いて気の補充を得る。

現代の都会ではコンクリートに囲まれ、明らかに気が不足しがちである。 恐らく昔の都会でもある程度はその傾向にあったと思う。 そのため修行者の多くは昔から都会から離れて修行をする。 空海も修業は奥深い山奥でするべきだと考えて高野山に修行道場を築いたという。

ただ私の推測では、修行において洞窟にこもるのは必須の条件ではない。 食事に例えれば、修行自体が三度の食事とすると、洞窟での気の補充はサプリメント程度ではないかと推測している。 より効率が良くなるという程度だと思う。

イエスも福音書によると荒野で断食をしている。断食をしているため恐らく荒野で修業をしたと思われる。 しかし洞窟にこもったという記載はない。 記載はなくてもこもっていた可能性はあるが、もちろん確証はない。

いずれにしても偉大な修行者が洞窟にこもっていた時期があれば、 おそらくその時期に精神の拡大を体験していた可能性がかなり高いと思う。

ムハンマドの最初の啓示も洞窟の中であり、 精神の拡大の過程で天使ガブリエルに会ったのではないかと思う。

井筒俊彦『マホメット』からさらに引用する。

先の伝承ではマホメット自身が天使ガブリエルの姿を見たと物語ることになっているが、 これはずっと後日になってからの反省の結果得られた解釈なので、 はじめのうちは彼はそれを「聖霊」と呼んだ。 しかしそれよりずっと前、つまり体験したばかりのときは 彼はてっきり何か悪霊(ジン)に憑かれたものと思った。 当時の考えでは詩人や占者のたぐいは全て目に見えない精霊(ジン)と 特殊の交友関係にあるものと信じられていたのである。 気の弱い彼はその後もしばらくの間は、そういう体験があるたびに 全身悪寒でガタガタ震えながら、妻のところへ駆け込んでくるのだった。 何べんか自殺しようとしたこともあった。 しかし冷静で大胆な妻ハディージャはこれが悪霊の仕業ではなく、 真に神の霊感であることを疑わなかった。誰よりも先に彼女が入信した。

「当時の考えでは詩人や占者のたぐいは全て目に見えない精霊(ジン)と 特殊の交友関係にあるものと信じられていたのである。」 とあるが私は現在でも詩人は精霊との交流があると考えている。

精神の下への拡大で述べたとおりである。 詩人は自然からインスピレーションを受けるが、詩人の作品は自然の精霊との交流から生まれるのである。

ムハンマドも最初は自身の体験を精霊と出会ったと考えたようである。 しかし啓示が繰り返されるにつれて、本当の神に出会ったという確信を深めていく。

詩人の場合はどこにでもいる精霊との交流であるが、ムハンマドの場合は唯一絶対神との交流である。 その点が彼を通常の詩人よりも偉大な預言者にしている。

続きは 神秘主義の3つの段階

■上部の画像は葛飾北斎
「ホトトギス聞く遊君」。

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