悪の構造2

ヒトラーの思想

 ヒトラーはドイツ文化の世界史的使命を信じていた。 現代の我々でも、ベートーベンの第九の四楽章をきいたり、 ワーグナーのヴァルキューレの序曲を聞くことができ、 その偉大さを実感できる。

 私のように大学時代、カントやヘーゲルをドイツ語で読むのを 強制された人間なら共感できるのだが、 18世紀から19世紀にかけてのドイツ思想に 世界史的意義があると考える人は現代にも確かにいる。

 現在は眠れる獅子のような状況であっても、 世界史が大きく動くときにもう一度ドイツの思想が 復活すると考える人がいる。

 ヒトラーは19世紀ドイツという人類史上極めて偉大な時代の 後継者であるという強烈な意識があった。 これがヒトラーの強靭な信念の源泉である。 ヒトラーが困難にぶち当たっても自分の計画をあきらめなかった根拠である。 自分は正しいと信じていた理由である。

 しかしヒトラーはドイツ文化の正しい後継者ではなかった。 間違えた形で受け継いだのである。

 ゲルマン人を最高の人種と考え、劣等人種を減らしゲルマン人を増やすという、 社会的ダーウィニズムとゲルマン人信仰が奇妙に混合された、 醜怪なヒトラーの思想には、偉大さは全くない。

 哲学の古典に共通する偉大さと崇高さと慎重に考え抜かれた合理性を ヒトラーは少しも持ち合わせていない。

 私がヒトラーに賛成できるのは、19世紀のドイツ文化が世界史的意義がある という点だけである。 他の点は全く賛同できない。

 悪の構造として以下のように述べた。
①平凡な人間が
②偉大な思想や文化を
③間違えた形で受け継ぎ
④強力な信念のもとに
⑤間違えた思想を実行する

これをヒトラーに当てはめると
①ヒトラーという平凡な人間が
②19世紀ドイツという偉大な思想や文化を
③誤解し間違えた形で受け継ぎ
④自分こそがドイツ文化の後継者であるという強力な信念のもとに
⑤ヒトラーの思想という間違えた思想を実行する

という構造になる。

 平凡な人間で悪いことをする人物は通常強力な信念を持たないため、 苦難の時期を乗り越えず、 世界を動かすことはないが、偉大な文化を受け継いでいるという信念がある場合は、 何かを成し遂げようとする人物に必ず訪れる苦難の時期を乗り越えてしまい、 平凡な「悪」が世界を動かしてしまうのである。

<<2021/8/19追記>>
ニーチェの『人間的、あまりに人間的』の158に次の言葉がある。ちくま学芸文庫訳。

偉大さの宿命。どの偉大な現象のあとにも変種が続く。偉大なものの典型が比較的虚栄心の強い天性を刺激して外面的に模倣しようとか陵駕しようとかさせる。

ヒトラーは19世紀ドイツという人類史上屈指の偉大な時代に続く「変種」である。ワグナーをはじめとする偉大なドイツ人が虚栄心の強いヒトラーを刺激し、ヒトラーは偉大な先人たちを外面的に模倣しようとした。偉大な先人を模倣する平凡な人物は先人と同じ傾向を有しそれより小粒で刺激的になるという。偉大な先人のその偉大な特徴を病的なまでに極端化する。変種が生まれる。ヒトラーはその典型である。

ニーチェはある意味ヒトラーの出現を予測していたということになるが、ニーチェがヒトラーに何か影響を与えていたとするのであれば、他ならぬニーチェ自身がヒトラーを生み出すことになるということまで予想していただろうか。

続きは悪の構造3 イスラムテロの思想をご覧ください。


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■作成日:2016/3/18


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